*連載コラム「堀晶代の知っておきたいブルゴーニュ&シャンパーニュのエッジなお話し」のアーカイブページはこちら
中堅シャンパーニュが直面する危機
シャンパーニュにはたったひとつ、基本的には「シャンパーニュ」というアペラシオンしかない。
産地としての価値やブランド力を高め、かつ維持するために、CIVC(シャンパーニュ事務局)はつねに先手を打ってきた。
フランス国内のみならず、海外においてもシャンパーニュ方式で造る発泡性ワインに「シャンパーニュ方式」と名乗ることを、早くから知的財産として禁じることに成功したことが最たる一例だ。
それでもシャンパーニュのきらびやかなイメージや名前を、ファッション業界などで使うことはあるものの、これらもいつかはCIVCによって封じられるかもしれない。
そのCIVCの厳格さを知っているからこそ、ふだんは大阪暮らしの私からみると、安直に「シャンパーニュ」を商標名にする靴屋さんや雑貨屋さんを見るにつけ、「いまにCIVCからお叱りがくるかも…、ひとことアドヴァイスした方がよいのかな?もし目を付けられたら、えらいこっちゃ!」と、心配してしまう。
ブランドのイメージを落とさないための、もっとも単純な方法は、「価格を落とさない」と「露出度を下げる(もしくは露出する場を選ぶ)」の2点に尽きる。
Vol.22に書いたことも含めて、思い起こしてほしい。
バブルの時代、あらゆるブランドが百花繚乱だったとき、トイレやバス周り用品を作ったブランドは、ことごとく価値を下げた。
ブランドの価値の維持とは、ある意味「武士は食わねど高楊枝」だからこそ成り立つ。
エルメスが便座カバーを作っていたら、きっと終わっていただろう。
近年続々とリリースされる大手&著名メゾンのスペシャル・キュヴェとなると、価格は宇宙的な高額であると同時に、ワインに携わって30年以上も経つと、「ワインあるある」な思い出として、「ああ~、あの頃は○○が5,000円で買えたのに」が懐かしく思えてくる。
だがシャンパーニュの凄さは、日本での税抜き価格なら、経済が最悪なリーマン時代の激安時代であっても、2,980円という下限をけっして切らなかったこと。
「どんな時代であっても、シャンパーニュは高級なものであり続ける」を統制し続けた。
言い換えれば「夢の飲み物」ともいえるイメージを守り切った。
だが今、この統制力が中堅の造り手を逼迫している。
それが今年はさらに深刻なことになりそうだ。
シャンパーニュの逼迫は、2018年秋から加速した「黄色いベスト運動」から始まっている。
日本は海外からの文化的ヒントを得たクリスマスから、王道の年末年始まであらゆるアルコールが売れるが、フランスにおいては、クリスマスは家族行事であるいっぽう、年末年始のカウウントダウンは、むしろ「家族無しでも楽しめる、友人との大きなイヴェント」で、日本のような三が日もなく、通常は2日からさくさくと仕事に戻る。
それでも「泡モノ」は、必需品。2019年末は年金制度に対する大規模なストが起こり、そのストが収束しないままで、今年はコロナ禍に突入した。
「家族で祝う」「友達と騒ぐ」のいずれかでも、未だに重宝されるのは「泡モノ」。
しかし同じ泡モノでも、シャンパーニュの価格は高いので、不況下でシャンパーニュのフランス国内消費が減るのは致し方ない。
ここはシャンパーニュの踏ん張りどころ。
今年は非常に良作年ながら、CIVCは最大収量を前年比で市況と生育状況を考慮して、前年比から約2割減の8000kg/haまで引き下げた。
これは前年より約7000万本の減産に相当する。
すでに小規模な農家は、2019年に収穫されたブドウ代金の支払いを遅らせることなどで大手メゾンと合意しているため、今年のCIVCによる収量のコントロールは、さらに農家の懐を直撃することになった。
ただしシャンパーニュには、まだ抜け道があることは、機会があれば書いていきたい(この抜け道は、日本でシャンパーニュを飲むにはプラスになるかも?ですが、まだ断言するに時期尚早…)。
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2020.11.20
堀 晶代 Akiyo Hori
J.S.A.認定シニアワインアドバイザー、栄養士。
酒販店でのワイン販売を経て、2002年に渡仏。現在は大阪とパリを拠点に、ワインライターとしてフランスやイタリアを訪問。生産者との信頼関係に基づいた取材をモットーにしている。
おもに「ヴィノテーク」「ワイナート」などの専門誌に寄稿。
著書に「リアルワインガイド ブルゴーニュ」(集英社インターナショナル)など。