*連載コラム「岩瀬大二のワインボトルのなかとそと」のアーカイブページはこちら
地酒とガストロノミー
ワインを知る、学ぶ。その際に「テロワール」や「ガストロノミーとの関係」というワードと頻繁に出会うことになるでしょう。
私は学術的な研究テーマとしてのテロワールではなく、より広義、といいますか「気持ちのテロワール」というものをご紹介していて、そこには必ずガストロノミーが関連しています。
気持ちのテロワールとは、その地の文化的な背景がそのワインの背景にあり、そこに気持ちを寄せると、より豊かにそのワインを楽しめる、ということ。
造る人の物語、その地の歴史と文化にスポーツや育まれてきた食文化、旅する楽しみ、それらが気持ちのテロワールの要素。
そのワインが好きになればその人と地にも興味を持ち、その人と地に興味を持てばそのワインがもっと好きになる。
日本酒も同様です。もともと日本酒は地酒。確かに全国に打って出るような酒には、ワインにはない要素、良い酒にするために、米をその地ではないところから調達するということもありますが、近年では、地元のコメに回帰するムーブメントも起こっています。
今は、いい時代。全国の地酒が良いコンディションでどこででも味わえる。
そうなるとワインと同様、気持ちのテロワールとガストロノミーにより強く興味がわいてきます。
石川県・小松市、市街から車で20分ほど離れた山里。
ここに、日本最高峰の醸造家のひとりで、生きる伝説でもある農口尚彦(のぐちなおひこ)氏を杜氏に迎えた「農口尚彦研究所」があります。
ここでは、農口さんの酒と国内外の一流シェフのコラボによる「Saketronomy」というイベントが行われています。
Saketronomyは、地元農産物や食に関わるクリエイターの発信拠点を創造し、小松市を「美食のまち」として世界中の美食家達の「旅の目的地」とすることが目標のプロジェクトから生まれたイベント。
農口尚彦研究所を中心に、地元の有機JAS認証米の栽培農場である「護国寺農場」、有機JAS認証野菜の栽培農園「西田農園」が加わり、このメンバーで、「Sake」と「Gastoronomy」の融合をコンセプトとしたペアリングイベントを定期的に開催しています。
ワイン好きのみなさんには、まず農口さんについての紹介をしておきましょう。
1970年代以降低迷を続けた日本酒市場の中で「吟醸酒」をいち早く広めた火付け役であり、また戦後失われつつあった「山廃仕込み」の復活の立役者です。
全国新酒鑑評会では連続12回を含む通算27回の金賞を受賞。70年近い酒造り人生の中で数々の銘酒を生み出してきました。
酒造りの神様といわれる農口さんは一度酒造りから離れ、日本酒の世界では落胆の声が広がりましたが、しばらくのブランクを経て、2017年11月、「農口尚彦研究所」の設立とともに第一線に復帰。現在87歳。
でも闊達、意気軒高、そして輝きのある笑顔で酒造りに挑んでいます。
なんといってもその酒は、いまだに新しい。伝統の中で生きているのではなく、いまもまだ伝統を更新しています。
伝統の更新は、世界のワイン好きからも好かれる日本酒ってなんだろう? 今の食生活やライフスタイルに合わせた日本酒ってなんだろう? という農口さんのあくなき好奇心にも支えられていて、その中に、地酒と地の食材が世界とどうアクセスできるのだろうという思いにも繋がっていきます。
Saketronomyの1回目は、2019年3月25日に開催され、ゲストシェフにはフランス料理世界大会ボキューズドール 2019 の日本代表である髙山英紀シェフ(メゾン・ド・タカ芦屋)が参加。
そして2020年1月24日、3回目のゲストシェフは、田中淳氏。
名門「ピエール・ガニェール」にて、東京、パリで部門シェフを任され、以降欧州の名店で経験を積み2014年に独立。パリにて「A.T」のオーナーシェフとして活躍しています。
今回提供されたのは10酒12杯のバリエーションと12皿のペアリング。
このペアリングで、テイストやテクスチャーというペアリングの基本要件だけではなく、温度、酒器という、さまざまな組み合わせの妙や楽しさを見せてくれました。
原木の石川県産しいたけを使った料理と「DAIGINJO 無濾過生原酒 2018」。酒器は越前塗。
木の軽やかさがゆるやかに濃厚さを感じる酒の感覚的な重さを邪魔せず、液体をそのまま持っているような感覚。
何の邪魔もされず酒そのものとこの地の土と木の豊かさを引き出した料理が引き寄せあう。そして改めて酒器を見れば木のやわらかさ。
ワインボトルのなかとそと。ワインだけではなく、日本酒にもテロワールやガストロノミーを知ると広がる世界があります。
今、全国各地の酒蔵、サケメイカーたちは、こうした意識で取り組んでいる所、人が増えています。
Saketronomyで行われていることは、今後、確実に酒の楽しみ方として広がっていくことでしょう。
そう考えると…特に地名のついた酒、ポート、シェリー(へレス)、コニャック、アルマニャック、スコッチウィスキーなどを、その地に思いを馳せて楽しみたくなります。
知識としての酒ではなく、体感する酒。そこからさらに深まる酒の世界。存分に楽しみましょう。
2020.03.06
岩瀬大二 Daiji Iwase
MC/ライター/プランナー/イベント・オーガナイザーなど様々な視点・役割から、ワイン、シャンパーニュ、ハードリカー、ビール、日本酒などの魅力を伝え、広げる「ワインナビゲーター」、「酒旅ライター」。「お酒をめぐるストーリーづくり」「お酒を楽しむ場づくり」が得意分野。お酒単体ではなく、スポーツやロック、旅、地域文化、演芸などさまざまな分野とお酒の魅力を結びつけ紹介している。
フランス・シャンパーニュ騎士団 オフィシエ
シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長
ぐるなび「IPPIN」酒キュレーター
「ヤフー!ライフマガジン」日本酒特集担当
他、ワイン専門誌や情報誌、WEBメディアでの特集企画・ワインセレクト・インタビュー、執筆。日本ワイナリー収穫祭や海外生産者交流イベント、日本最大級のスペイン祭りなどお酒と人々を結ぶイベント演出、MC/DJ多数。