南北40キロの南東向きの斜面に、宝石のような珠玉の畑が並ぶコート・ドール。屈指のテロワールから類い稀なる銘酒が生み出される、今も昔も人々を魅了して止まない特別な産地です。この地を20年以上欠かすことなく訪れている奥山久美子が、コート・ドールを取り巻く昨今の社会情勢や注目の造り手の姿に焦点を当てながら、黄金の丘の魅力に迫ります。第1回目は、歴史ある産地において勢いを増す、実力派のミクロネゴスにフォーカス。
文・写真/奥山久美子
【目次】
1. 土地の高騰とグローバル化によるミクロネゴスの台頭
2. ドミニク・ローラン〜古木にこだわるミクロネゴスのパイオニア
3. オリヴィエ・バーンスタイン〜自ら栽培も行うハイエンドミクロネゴス
4. ルシアン・ル・モアンヌ〜卓越したテロワールをボトルの中に表現
1. 土地の高騰とグローバル化によるミクロネゴスの台頭
コート・ドールから生まれるフィネス豊かなピノ・ノワールやシャルドネのワインは、世界中のワイン愛好家の心をとらえ、ひとたびその魅力の虜になると誰もが天長地久、憧れを抱き続ける。私もそのコート・ドールに魅了されたひとりです。1997年にワインツアーを始めて以来、毎年欠かさず旅するワイン産地としてコート・ドールを中心に人生を楽しむ生活が長く続いたので、昨年春からのコロナ禍で行くことがかなわず寂しい日々を送っています。
近年、地球温暖化と気候変動に加え地軸の傾き等による影響で天候不順が続き、コート・ドールのワイン生産量は減少しています(2017、2018を除く)。また、生産者の形態やドメーヌの代替わりにより、ワインのスタイルはこの20年で大きく変化しました。さらに、コート・ドールのようなジュラ紀の特殊なテロワールを擁する狭い地域で生まれる貴重なワインは世界中から注目を浴び、土地の評価額はうなぎ登りに高騰しています。ブドウ畑の固定資産税の急騰により、ワインの値上げは止まるところ知らず、グラン・クリュに関しては金額的にも私達の手に届かない存在になりました。
一方、畑の所有者たちは、固定資産税以外にも相続税や相続の問題から畑を売却するドメーヌが増えています。2014年にモレ・サン・ドゥニ村のグラン・クリュ、クロ・デ・ランブレ(Clos des Lambray)をLVMHのベルナール・アルノー氏(ドン・ペリニョン、クリュッグ等所有)が買収。2017年には、アルノー氏とフランスの長者番付争いを繰り広げているフランソワ・ピノー氏(シャトー・ラトゥール等所有)が、クロ・デ・ランブレの隣のグラン・クリュであるクロ・ド・タール(Clos de Tart)を買収、7.5haの畑の価格が2億8千万ユーロというのは世界記録と伝えられました。また、2017年にはアメリカの大富豪ジーン・フィリップス氏(カルトワインの最高峰スクリーミング・イーグルの前オーナー)が、コルトン・シャルルマーニュの名門 ボノー・デュ・マルトレ(Bonnau du Martray)を買収。これまでボルドーで見られてきたようなドメーヌのブランド化が着々と進んできています。
約30年前のコート・ドールは排他的な家族経営の生産者やブドウ栽培農家が多く、ブルゴーニュの外から来た新参者はこの村人たちの中に入ることができませんでした。しかし、ワイン業界のグローバル化により今ではさまざまな造り手の参入も受け入れるようになり、フランス各地や海外(日本も)からコート・ドールに憧れて移り住み、栽培農家からブドウを買ってワイン造りを行う「ミクロネゴス」と呼ばれる極小生産者が増えています。その中には現地の人々も羨むような世界的な高評価を受けているミクロネゴスもおり、彼らは徐々に畑も手に入れドメーヌとして活躍の場を広げています。老舗ドメーヌも一目置く、そんな勢いのあるミクロネゴスを紹介したいと思います。
2. ドミニク・ローラン〜古木にこだわるミクロネゴスのパイオニア
そんなミクロネゴスのパイオニアは、ジュラの菓子職人であったドミニク・ローラン(Dominique Laurent)。ブルゴーニュに魅せられて通いつめ、村の古老たちに多くのアドバイスをもらい、ワイン造りを始めました。
1989年にネゴシアンとして創業。グラン・クリュやプルミエ・クリュの樹齢の高いブドウから造られたワインを購入し、ニュイ・サン・ジョルジュの山の上にある修道院跡のセラーで熟成させて、樽から直接瓶詰を行っていました。1999年にドミニクのセラーに行き、樽から試飲をしたときには、エシェゾーは樹齢70年、リシュブールは樹齢90年というようなブドウ樹の年齢の高さが重要なエレメントであるという説明から始まり、高樹齢の場合、1本の樹に実る房が小さく少ない分エキスが凝縮し、さらに樹の根は母岩に深く伸びているので複雑性が高い、という話を聞きました。
樽入りのワインが熟成することをフランス語でエルヴァージュ(élevage)といいますが、élevageは飼育するという意味でもあります。ドミニクがエルヴァージュをしている姿は、素質がある子供を立派に育て上げるために厳しく躾をしている教育者のように見えました。
一流好みのドミニクは、オスピス・ド・ボーヌのチャリティ・オークションで購入したワインの新樽の質がよくないと感じて、トロンセの森で自らオークを選び製作した樽に入れ替えていた。これが、新樽200%と呼ばれた理由です。
また、ワインを発酵させる際、買ったブドウは量が少なく、小さな発酵容器が必要となるため、樽を縦に置き、蓋の部分を外して、全房のピノ・ノワールを投入し、足で踏みゆっくりとアルコール発酵を促す、と語っていました。ドミニクのワインは古き良き時代を彷彿させる、優等生的なワインに育っていると思います。
大成功を収めたドミニク・ローランはブドウ畑を購入し、2006年からジュヴレ・シャンベルタンに醸造所を建て、息子のジャンと共にドメーヌ・ローラン・ペール・エ・フィスを運営しています。
3. オリヴィエ・バーンスタイン〜自ら栽培も行うハイエンドミクロネゴス
今どきのミクロネゴスのスーパースターといえば、オリヴィエ・バーンスタイン(Olivier Bernstein)。ロワール出身、実家は著名な楽譜の出版社ですが、コート・ドールに憧れてボーヌで醸造を学びアンリ・ジャイエ氏の下で研修。その後、南仏でドメーヌを設立したもののビジネスにはならず、コート・ドールに戻りネゴシアンとして再スタートしました。
2007年に栽培農家からブドウを買い、ジュヴレ・シャンベルタンの醸造所でワイン造りを始めた際、彼は「オートクチュールのようなワイン」を目指しました。グラン・クリュやプルミエ・クリュの中でも高樹齢のブドウにこだわる点はドミニク・ローランと同じですが、オリヴィエは栽培農家と特別な契約をし、ブドウの手入れから収穫まですべてを自ら行います。
古い工場をリノベーションしたという、ボーヌの市街地の立派なセラーを訪問したのは2018年。その日はオリヴィエがアメリカ出張中で、栽培・醸造責任者のリシャール・セガンが蔵を案内してくれました。彼はジュヴレ・シャンベルタンの生産者、ベルナール・デュガ氏の甥でもあります。ビオディナミやビオロジックで栽培を行いますが、DRCと同様に、この手法を採用するのはテロワールを表現するためなので、あえてそれを謳うことはしていません。しかしながら、2018年の6月は多雨による高湿が続き広範囲にベト病が出たため、化学的な農薬も使わざるを得なかったと話してくれました。現在は、契約畑のほかに3.5haの自社畑を所有しており、オリヴィエに全権を委ねられたリシャールがチームを率いています。
ジュヴレ・シャンベルタンのセラーでの醸造の際、2016年はピノ・ノワールの50%を、2017年は80%の量を全房で発酵させています。猛暑の年は完熟したブドウに梗を加えることでエレガントなワインに仕上がるそう。また、ワインを熟成させるための樽については細心の心配りをしており、すべてのキュヴェを試飲してからステファン・シャサンに頼む樽の焼き具合を決定します。ヴィラージュ以外は新樽100%、ドミニク同様、細部にまでもこだわる気質が伺えます。
極上のブドウから生まれるワインは優雅で気品があり、洗練の極致と感じられることもしばしばです。
4. ルシアン・ル・モアンヌ〜卓越したテロワールをボトルの中に表現
近年で私が最も強烈な印象をもったのは、ルシアン・ル・モアンヌ(Lucien le Moine)。レバノン出身のムニール・サウマが妻のロテムと1999年にボーヌに設立したミクロネゴスです。2019年に街中にあるセラーを私が訪問した時は、2009年から始めたローヌ地方のシャトー・ヌフ・デュ・パプの自社畑の作業に行くために準備をしているところでした。
彼らはコート・ドールには畑を所有せず、一流ドメーヌが造ったグラン・クリュとプルミエ・クリュのワインの樽や果汁を購入します。熟成用の樽はワインに合わせて焼き具合をオーダーし、その樽で一切澱引きを行わず2年ほど寝かせます。ワインから出た澱と乳酸発酵時の二酸化炭素で酸化を防ぐという伝統的な手法を用いているのです。瓶詰めの際は清澄・濾過を行わず、ボトル内に残った二酸化炭素が酸化防止の役割を果たすため、亜硫酸を添加する必要が生じません。そんな100年前の造り方が特徴であると、ムニールは自慢げに語っていました。
樽から取り出したワインを20種ほど試飲する間、ムニールは地質学者が講義をするように畑や土壌について語ります。その饒舌なさまはエンターテイナーさながら。エネルギッシュなパフォーマンスに圧倒されますが、特にグラン・クリュのワインの中に、彼が強調するテロワールの個性が如実に表現されていると、私は感じています。
憧れのコート・ドールへ移り住み、偉大なワイン生産者として成功を収めた3軒の個性的なミクロネゴスは、今後も芸術的なワインを世に送り出していくことでしょう。
奥山 久美子 Kumiko Okuyama
フランスやイタリアを頻繁に訪れる中で、ワインの素晴らしさとその背景にある文化に興味をもつ。1987年にパリの分校として開講したアカデミー・デュ・ヴァン東京校の第一期生となって以来研鑽を重ね、同校講師を経て2002年4月に副校長に就任。著書に『ブルゴーニュ コート・ドールの26村』(ワイン王国)、『極上ワイン100本』(朝日新聞出版新書)、監修に『シャンパンのシーン別楽しみ方』(朝日新聞出版)、「大人のためのワイン絵本」(原本「Vinographie」、日本文芸社)など。