意外と奥の深いカリフォルニアのワイン銘醸地ナパを深堀り!後編は、時代に寄り添って変化してきたナパワインのスタイルの変遷からカルトワインまでご紹介していきます。
【目次 -後編- 】
1. 時代に寄り添うナパのワインスタイルの振り子
2. 谷間と山間の産地を訪ねる
3. カルトワインの陰にもモンダヴィあり!
4. ナパのまとめ
1. 時代に寄り添うナパのワインスタイルの振り子
スタイルの変化
カベルネ・ソーヴィニョンがナパヴァレーの売りになっていくのは、ボルドーの高級ワインに勝った、パリスの審判以降のことです。
1980年代半ば迄は、まだボルドースタイルのワインが隆盛。でも、90年代になると、もはやボルドーに縛られず、ナパヴァレーの表現を目指そうという風潮が生まれます。ブレンドではなく、カベルネ・ソーヴィニョンの単一品種。そして、リッチでパワフルなスタイルの登場です。
ナパの温暖な気候を反映することこそ、テロワール表現だと主張する声にも一理ありました。ロバート・パーカーを始めとした高名なワイン評論家も後押ししました。
摘房して、長期間ブドウ樹から収穫せず、果実から水分が蒸発して、軽いパスリヤージュ(樹上での干しブドウ化)のように凝縮。ブドウ栽培業者に取っては、短期収益の点からだけでなくて、長期的にもブドウ樹の寿命を縮めるのではないかという懸念も生みました。
背景には、台木の影響もありました。AxR#1という種類の台木を、1960年代から70年代に、UCデイヴィスが、収量が良くて様々な土地に適応すると後押ししました。その為、大いに採用され、過半のブドウ樹の台木として使われました。しかし残念ながら、この台木はヴィティス・ヴィニフェラが交配品種として使われていました。つまり、ブドウの根を冒す寄生虫フィロキセラへの耐性が、十分ではなかったのです。
この為、それ以前のセント・ジョージ(St. George)の台木のままだった古木は難を逃れましたが、AxR#1を採用したワイナリーは90年代に大規模な改植をせざるを得なくなりました。より強い攻撃力をもった、フィロキセラのバイオタイプBの出現によってです。
UCデイヴィスも漸く1989年には、この台木の推奨を撤回しました。一方で、その改植が、低収量で、熟度の高いブドウの収穫に寄与したとの声があります。例えば、クロ・デュ・ヴァルは、AxR#1を101-14や110Rなどに改植しました。樹勢の強い、セント・ジョージに比べて、中程度の樹勢。上手く樹勢を制御してブドウの熟度を上げた結果、ワインの凝縮度が上がったとも言われています。
もちろん、こうした時代背景の中でも、リッチさよりも、骨格がしっかりとしたエレガントなワインを追求すべきだというクインテッサ、スポッツウッド、コリソンの様な生産者もいました。こうした両陣営のワインが、ナパワイン愛好家の選択肢を広げてくれました。
今日では、スタイルは幅広く、概して収穫は早めに、新樽は控えめにという傾向にあります。
最近の、一つの変化点として挙げられるのは、2011年のヴィンテージ。涼しい気候で、カベルネ・ソーヴィニョンは成熟が遅くなりました。灰色かび病も広がり、当初はヴィンテージとしては酷評されました。しかし、その後、熟成するに従って、ピラジンの青い香りはあるものの、バランスが良く骨格もしっかりしているエレガントなスタイルと見直されました。アルコールも14%を割って、食事に良く合うワインが出来たと、喜ぶ有名生産者もいます。
野菜のようだと青臭さが忌み嫌われた時代を過去に置き去り、過熟ありきのスタイルから、青さもフレッシュの一部と、振り子の針は揺り戻されました。
ナパにおけるシャルドネの「伝統的」な造り、すなわち1970~1980年代ぐらいまでの仕込みは、ステンレスタンクでの発酵後に小樽熟成へと移行し、マロラクティック発酵は回避するという流れでした。その後、1990年代になると、リッチ、パワフル、新樽をたっぷり使って樽発酵、マロラクティック発酵は100%行い、複雑味を獲得するという造りが主流になります。しかし最近では、もっと抑制的なスタイルが広がって、昔のようにマロラクティック発酵を起こさない様にして、柑橘系の果実の香りを際立たせるスタイルも。一方で、最上級のシャルドネを造るコングスガードの様に、ナパらしさは、ブドウの熟度の高さであっても良いではないかという生産者ももちろん引き続きいます。
ソーヴィニョン・ブランでは、樽発酵、樽熟成を行い、ロバート・モンダヴィが「フュメ・ブラン」と名付けたスタイルが昔は有名でした。今では、ステンレスタンク発酵が主流ですが、青臭さは目立ちません。
ソーヴィニョン・ブランのクローン27。別名、ソーヴィニョン・ミュスケ。その昔は、サヴァニャン・ミュスケとも呼ばれていました。UCデイヴィスのキャロル・メレディス教授がDNA解析で1998年に証明する迄は、ソーヴィニョン・ブランとは別の品種と思われていたものです。トロピカルフルーツの華やかな香りを放つ、このクローンはカリフォルニアでは栽培が増えています。主流のウェンテクローンにブレンド。野生酵母を使った抑制的な香りにも、このクローンを使う事で、華やかさが加わり、さらに、セミヨンを加えると肉厚感が加わります。
温暖化との格闘
乾燥したナパでは、灌漑は当然行われますし、特に点滴灌漑が広く用いられています。でも、生産者の中には、ブドウの凝縮感を高める為にも、ドライ・ファーミング(灌漑を全く行なわない、あるいは最小限にする栽培法)を取り入れる所も増えています。
ただ、現実問題として、降雨量がもともと少ない土地柄に加え、気候変動の影響で干ばつが頻発するようになってきた昨今、灌漑用水を確保するのが厳しくなっていることも事実です。生産者のなかには、億円単位の投資を水のリサイクル設備に費やしているところも。一方で、冬の長雨が春迄掛かって、収穫が遅れてしまう場合もあります。
熱波を抑える先進的な試みとしては、カオリン・クレイという粘土鉱物をスプレーにして、太陽を反射するフィルムコーティングをするところもあります。
また、上述したように森林火災は、深刻な問題。2017年や2020年のようにナパに炎が及んだ年には、直接的な損害を受けていないブドウ畑でも、スモークテイントは心配事になりました。
温暖化は、こうした様々な被害を与える一方で、収量を2割程度上げた方が、逆に良い品質を確保できるようになったと、気候や土壌に感謝する生産者の発言も。温暖化にも、全てが悪いとは言えない側面があります。
2. 谷間と山間の産地を訪ねる
先端を行くワインツーリズム
パリスの審判以降、ナパヴァレーには高級レストランやホテルが続々と開設。ワインツーリズムの準備が順調に進んでいきます。現地の日系企業の駐在員も中々予約が取れないとぼやく、ミシュラン三つ星の超高級レストラン「フレンチ・ランドリー」も1978年に歴史が始まりました。
ワインツーリズムが盛況な一方で、持続可能性も念頭にありました。大規模イベントをワイナリーで実施する事を規制。一昔前、結婚パーティーを禁止するというのも話題になりました。
コロナ禍を機に、ワイナリーを訪問してのテイスティングは、アポがないと6割方が受け付けなくなり、テイスティング費用は、全米でも断トツの100ドル前後。随分と高級産地になってしまいました。ただ、高飛車な態度だけでは、やはり先行きは長くはありません。創意工夫もしています。
顧客データを管理して、ニーズを押さえることで、イベントチケットを早期完売。ワイン・クラブ(ワイナリーから定期的・優先的にワインを購入できるメンバーシップ・サービスで、様々な特典がある)からの離脱率を低減させるなど、様々な企業努力をするワイナリーが増え始めました。
オークヴィルに立地するファー・ニエンテでは、担当の役員まで置いて、デジタルマーケティングを駆使。ティスティングルームでの、ワインと食べ物とのペアリングを提案するなどデータを有効活用します。クラブメンバーがワイナリーに飽きていないかも、フォローアップ。固定客の維持に目を光らせています。
さて、それでは幾つかのAVAとカルトワインと言われる高級ワインを駆け足で見てみましょう。
谷間の産地
カリストガAVA
暑い暑いと言われるカリストガですが、昼は40℃近くなっても、夜は一けた台。チョークヒル・ギャップという太平洋に向けての谷間からの冷気が気温を下げるのです。シャトー・モンテレーナのワイナリーはここにありますから、シャルドネよりも、カベルネ・ソーヴィニョンが売りですという発言がスタッフから出るのも分かりますよね。
ラザフォードAVA
カベルネの中心地。イングルヌックやボーリューと言った歴史あるワイナリーが立地します。標高は、200メートルもありませんが、西部の谷間のラザフォード・ベンチと呼ばれる、深いが水はけが良い土壌が有名。マヤカマス山脈が午後の強い日照から守ってくれるので、気温も火山性土壌が優勢な東側より低く抑えられます。山間のカベルネ・ソーヴィニョンよりは、豊満で果実感が高く感じられます。白ワインは、ソーヴィニョン・ブランが中心。
オークヴィルAVA
ラザフォードの南に位置しているので、サンパブロ湾の冷涼な影響を感じます。西側の扇状地は、マヤカマス山脈からの堆積物が水はけの良い土壌を形成。モンダヴィが29号線の西側にト・カロンの畑を有しています。カルトワインのハーラン・エステート、スクリーミング・イーグルも、このAVAに位置します。
スタッグス・リープス・ディストリクトAVA
オークヴィルの南。このAVAに属する、スタッグス・リープ・ワイン・セラーズのカベルネ・ソーヴィニョンが、並み居るボルドーの高級ワインを押しのけて、1976年のパリスの審判で優勝したのです。そのワインは、今でいう、S.L.V. (Stag’s Leap Vineyard)で、1970年に植栽を始めた畑で1973年に実った果実を使った初ヴィンテージ。別名は、火山性土壌からの「火のワイン」。そして、それと対を成すキュヴェが、隣の畑からのワインであるフェイ(Fay Vineyard)。沖積土壌が優勢の畑からのワインなので「水のワイン」とも言われます。
なお、このAVAにやはり立地している、スタッグス・リープ・ワイナリーは、全く別のワイナリーです。お間違えのないように。
シルヴァラード・トレイルの東側に立地していて、西に互い違いにあるのは、シルヴァラード・ヴィンヤーズというワイナリー。南部にはクロ・デュ・ヴァル。
南からは、太平洋の冷涼な空気がサンパブロ湾から流れてきます。谷間の産地ですが、丘陵地が点在しているのと、午後の日差しも入りやすく、カベルネ・ソーヴィニョンが良く成熟します。
山間の産地
近年、山間の産地にカベルネ・ソーヴィニョンを植樹する傾向が強くなってきています。今では、1割以上が山間の産地で栽培されています。谷間よりは、肥沃度が低い痩せた土壌が典型的。
ナパでは、斜面の度合いなどの条件によって、土壌や河川の保全への影響を考慮して、新植や改植が許認可対象となっています。
標高の高い産地は、強い朝日を受けるものの、標高で気温が低く保たれます。標高によっては、谷間で温まった熱が太平洋から吹き込んだ冷たい空気によって上昇。いわゆる、逆転層と呼ばれる気温の逆転現象が発生します。産地によっては、日較差が小さいことで、ブドウの成熟度が上がります。逆転層は状況によって異なりますが、400メートル以上の高度で発生するとされます。
マウント・ヴィーダーAVA
700メートルを超える標高で、岩がちで貧しい土壌、火山灰と沖積土壌やローム層が混ざった土壌です。ほとんどの畑がフォグ・ラインの上。谷間よりも夜は暖かくて、日中は涼しい気候。谷間の産地よりも日照時間は長く、タンニンが強い骨格がしっかりしたワインが生まれます。
ハウエル・マウンテンAVA
フォグ・ラインよりも上では、日照時間が長くて暖かく、凝縮した果実が育ちます。日中は涼しくても、午後の太陽を受けて暖かくなり夜間に向かって、谷間よりも暖かくなります。一方、フォグ・ラインより下では、霧が朝9時過ぎまで居座り、日中まで冷え込みが続きます。
スプリング・マウンテン・ディストリクトAVA
ほとんどがフォグ・ラインの上で、夜暖かくて、日中涼しい気候。産地の西側では過熟しないような配慮が必要ですが、東側では、黒ブドウを完熟させるには少し冷涼な所もあります。小規模な家族経営の畑が中心で、急斜面でも栽培が行われています。
ダイアモンド・マウンテン・ディストリクトAVA
カリストガのすぐ南。多くの畑は300メートル以下と低標高で栽培を行っています。山の産地の割には、もっとも暖かい産地です。
3. カルトワインの陰にもモンダヴィあり!
オーパス・ワン
果たして、オーパス・ワンをカルトワインと呼んでよいのか疑問ではあります。でも、投資に値する、高額で希少そして高品質でストーリー性があるワインをカルトワインと呼ぶならば、オーパス・ワンはその元祖の一つと言って良いのではないでしょか。
言わずと知れた、バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド(ボルドーの一級、シャトー・ムートン・ロッチルドなどの所有者)とロバート・モンダヴィがコラボで1979年に設立したワイナリー。ラ・プラス・ド・ボルドー(ボルドーワインの先物販売市場)でも、チリのアルマヴィーヴァに続いて、ボルドー以外のワインが採用された先駆けとなりました。モンダヴィのト・カロンの畑のブドウを使い、モンダヴィでワイン造りをしていた為、モンダヴィの影響力が強かった過去があります。モンダヴィがコンステレーションに買収されて、独立色が強まったと言われます。
ハーラン・エステート
ビル・ハーランはモンダヴィに、フランスの産地を連れ回してもらいました。そして、カリフォルニアの1級格付けのワインを目指すと心に決めました。
1984年にブドウ畑を購入。最初の頃は商業的にはリリースせずに、1990年が最初のヴィンテージになりました。東向きの丘陵地で密植栽培。一朝一夕で素晴らしいワインができたわけでもなく、ロバート・モンダヴィの次男マイケルをコンサルタントにも迎えて、努力を重ねました。ボルドーのシャトーに伍していく様なワインを何としても造りたかったのです。
セカンドワインはザ・メイデン。新機軸のボンド、そしてプロモントリーと次々とプロジェクトを打ち出しています。
スクリーミング・イーグル
不動産仲介業で成功したジーン・フィリップスが設立しました。既にカベルネ・ソーヴィニョンが栽培されていた畑を買い取り、ボルドー品種を植樹。
シャトー・モンテレーナの、ボー・バレットの奥方ハイジ・バレット。スクリーミング・イーグルのワインメーカーとなる彼女を紹介したのは、モンダヴィです。
そして、1992年に伝説となるワインが造られ、95年にリリース。当初は、不動産取引でのあいさつ代わりにプレゼントしていたと伝わっています。
ロバート・パーカーが激賞したのも人気を後押ししました。オークションで、アンペリアル、6リットルとは言え、50万米ドルの値を付けました。年間1,000ケースも造られず、もはや、購入できることだけでも特権階級の感があります。現在のオーナーは、農業で財産を築いたスタン・クロエンケです。
セカンドワインは、ザ・フライト。セカンドと言っても、20万円超えですし、それでも購入すること自体もなかなか困難。スクリーミング・イーグルは、カベルネ・ソーヴィニョン主体ですが、こちらのセカンドは、メルロが過半。一時期、セカンド・フライトと名づけていましたが、余り良い印象を与えない為、2015年より改名。セカンドワインと言いながらも、メルロを主体とした異なるキュヴェという位置づけです。
スケアクロウ
イングルヌックのジョン・ダニエルJr。できたブドウを自分が買うからと、カベルネ・ソーヴィニョンを植樹するよう、お隣さんのJ.J.コーンを口説いたのが物語の始まり。J.J.コーンは、ハリウッドの黄金時代にベンハーやオズの魔法使いと言った有名映画作りに携わった、有名人でした。
当初はイングルヌックの他、オーパス・ワンにもブドウを供給しました。その後、2003年にスケアクロウを生産するようになったのです。というわけで、オズの魔法使いにちなんだ、かかし(スケアクロウ)のネーミングとラベルデザインは、コーンに敬意を払ったものです。
UCデイヴィスの推薦の有った台木AxR#1に改植せずに、セント・ジョージを残した為、生き残った古木のワインが、好評を得たという逸話も。
こうしたカルトワインを手に入れるには、メーリング・リストに申し込みして延々と順番が回ってくるまで待つというのが一つ。資金力が有れば、オークションに参加して競り落とす手も。若しくは、二次流通市場で手に入れるという方法があります。いずれにしても、手に入ったら宝物。大切な時に大切な人とボトルを開けたいですね。
4. ナパのまとめ
ナパは、東と西を山に挟まれたさほど広いとも言えない産地。でも、そこには多様なワイン産業の歴史や構造があり、多くを学ぶことができます。そして素晴らしいワイナリーが集中しています。
伝統ある開拓者が築いたワイナリーを、大手資本が傘下に収めて、海外からも大手ワイナリーの進出が進みました。そして、自前の畑で小規模なワイン生産を行うブティックワイナリーが多い一方で、買いブドウの調達では利害の調整が必要であるのも学びました。
また、70年代のパリスの審判の頃のワインの味わいと、最近のワインでは、だいぶ輪郭が異なっているであろうこともイメージできたかと思います。さて、あとはアカデミー・デュ・ヴァンで、実際にナパのワインを一緒に楽しみましょう!