ワイン発酵容器の先祖返り アンフォラの秘密を探る!

ワイン造りのテクノロジーは、20世紀後半に大きく進歩した。その象徴のひとつが、アルコール発酵やその後の熟成に用いられるようになった、ステンレスタンクだ。20世紀末になると、どのワイナリーにいっても銀色に輝くステンレスタンクが並んでいたものである。だが、21世紀に入ってからというもの、ステンレスタンクから「昔の容器」に戻ろうとする動きがいろいろと出てきた。その最たるものが、太古の昔から使われてきた素焼きの壺、アンフォラだ。

文・写真/立花 峰夫


【目次】

1.  ステンレス、木製発酵槽、コンクリート・エッグ
2.  アンフォラに世界中が注目
3.  アンフォラの酸素透過量は?
4.  アンフォラで醸したワインの味わいは?



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1.  ステンレス、木製発酵槽、コンクリート・エッグ

ワインの発酵容器は、1960年代のシャトー・オー・ブリオンに遡るステンレスタンクの導入で、新時代の幕が開いた。とはいえ、そこまで時間軸を戻すと、話が長くなりすぎるので、ステンレスの詳細については本記事では割愛する。

だが、今も世界中のワイナリーで標準的に使用されているのは、この材質のタンクである。

利点はいろいろあるものの、なんといっても衛生管理が容易であることが大きい。容量によるが、それほど巨大でないタンクなら、10~15分でお掃除が完了するのだから、こんなに楽チンなことはない。

そうはいっても、「ワインの品質上、ステンレスよりいいものがあるのではないか」と考えるのが、洗浄の手間(=コスト)なんかあまり考えなくていい、超高級ワインの造り手の常である。最初に来たのは、1990年代末から2000年代初旬にかけて起こった木製発酵タンクの復活であった。

お掃除は実に大変らしいのだが、ステンレスと比べて外気温の影響を受けにくいので、発酵温度のカーヴがゆるやかになるのだ。ワインは、まあブラインドだとほとんどわからないが、ステンレスで沸かしたものと比べて、味わいがまろやかで柔らかくなるとされる。

21世紀に入って、白ワインで大ブームを起こしたのがコンクリート・エッグである。これはローヌのシャプティエが最初に使い始めたそうだが、瞬く間に世界を席巻した。

あの卵型の中に入ったワインは、自然に対流が起きるので、ちょうどいい具合に澱とワインがミックスされるのだそうな。また、木製タンクと同じく、コンクリートも保温性に優れており、そこも評価されているポイントだ。木製よりはお掃除もラクである。

 

2. アンフォラに世界中が注目

それで、いま世界中のワインメーカーたちが、熱い視線を注いでいるのが、素焼きの粘土の壺、アンフォラである。

もともとジョージアやポルトガルのテージョ地方、スペインのラ・マンチャなどでは、ずーっと昔から使い続けられている発酵容器なのだが、ブレイクのきっかけを作ったのは、イタリアはフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の自然派ワイン界の寵児、ヨスコ・グラヴナーだった。

1997年にグラヴナーは、自然保護運動家・科学者のドイツ人で、トルコの地で卓越したアンフォラのワインを造っているウド・ヒルシュ(ゲルヴェリ)という人から、230リットル容量のジョージア産クヴェヴリを譲ってもらったのである。ここから、イタリアにおける「アンフォラ・ルネッサンス」が始まった。

一年ほど前、筆者はカリフォルニアで約20軒のワイナリーを訪問したのだが、いくつかのワイナリーでアンフォラを見かけた。イタリア製のものを使っているところが、比較的多い。

同国を代表するアンフォラ製造工房アルテノーヴァ(フィレンツェ)は、現在イタリア全土に約150軒、海外でも20カ国以上に100軒を超える顧客を有している。

アンフォラの元祖、ジョージア製の「クヴェヴリ」に対する世界的な需要も高まるいっぽうで、いまや注文しても2年待ち、3年待ちも珍しくないそうな(クヴェヴリを製造できる職人の数が、とても限られているせいである)。

日本のワイナリーでも、ジョージア製のクヴェグリを使っているワイナリーが、いくつかある。


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3.  アンフォラの酸素透過量は?

さて、このアンフォラだが、気になるのは酸素の透過量である。アンフォラは、発酵だけでなく、ワインの熟成にも使う。どれぐらい酸素を通すかによって、ワインの熟成速度や具合が変わってくる。

感覚的に、「粘土の素焼きだから、ステンレスやコンクリートよりも空気を通しそう」と思われ、実際そうなのだが、だとすると、オーク風味をつけずにワインを微酸化させることができるという点で、ワインメーカーにとっては有用なオプションになりうる。

イタリアにはアルテノーヴァ社以外に、タヴァ社(トレント)というアンフォラ製造業者もあって、ここはウェブサイトで自社製品の酸素透過量を公表している。

  • アメリカンオークの小樽:0.94mg/リットル/月の酸素透過
  • フレンチオークの小樽:0.68mg/リットル/月
  • タヴァの標準的アンフォラ:1.5mg/リットル/月

写真提供:Tava

小樽よりは多くの酸素を通すことがわかるが、面白いのはこの透過量が、アンフォラの焼成温度によって変化することだ(温度が高いほど気密性も高くなる)。

タヴァ社の標準的アンフォラは、1200から1260℃という比較的高温で焼かれていて(なお、この温度帯で焼いたアンフォラは、分類状は土器ではなく炻器<せっき>となる)、ほかの工房のアンフォラ(960から1060℃、土器)よりも間隙率が低く、気密性が高いそうな。

なお、タヴァ社では顧客の要望があれば、焼成温度を変えることで、酸素透過量を0.4mg/リットル/月から10mg/リットル/月まで調整することが出来るそうである。なかなか深い世界だ。

また、小樽とアンフォラの酸素透過には、時間軸に沿ってその量が変化するか否かという違いもある。

新しい小樽の場合、ワインを入れてから1年間で透過する酸素の半分が、最初の2~4ヵ月で供給され、その後は量がガクっと減る。

それに対してアンフォラは、酸素透過量が経時変化をしないで、ずっと一定であるのが特徴なのだ。そうすると、中に入ったワインの成長具合が変わってくる。ますます深い世界である。

 

4.  アンフォラで醸したワインの味わいは?

さて、それではアンフォラで発酵・熟成させたワインは、どんな味がするのだろうか。

ワインにもともとある素直な果実味が保たれるというのは、多くの実践者が主張しているメリットである。

内壁が蜜蝋などでコーティングされておらず、かつ焼成温度が比較的低いアンフォラを使う生産者の中には、粘土由来のミネラル風味、塩味がワインにもたらされると言う人もいる(焼成温度が高いと、内壁がガラスのように変化し、ニュートラルな素材となる)。

ジョージアでやっているように、アンフォラ(クヴェグリ)を地中に埋めるにせよ、埋めずに地上で使うにせよ、外気温の影響を受けにくいという粘土素材の性質も重要である。人工的な温度管理をしなくても、ワインの発酵温度、貯蔵温度が一定で推移しやすいのだ。

元陶芸職人の醸造家で、現在自身のワインのためにアンフォラを作っているオレゴンのアンドリュー・ベックマン(ベックマン・エステート・ヴィンヤード)という人いわく、「木製やステンレスの発酵容器に入れた2トンの葡萄は、30℃まで発酵温度が上がり、10、11日で発酵が終わる。一方、粘土の甕だと20から22℃で安定し、30から35日、発酵が終わるまでかかる。そのおかげで、ワインはよりフレッシュで快活な味わいになる」のだそうな。

アンフォラのワインというと、「自然派な感じで、バリバリに酸化か還元していて、腐敗酵母臭と揮発酸が強くて……」と、毛嫌いする人がいるが、いまやアンフォラは自然派の造り手だけのお道具ではない。ちゃんと造れば、非常にクリーンなワインができるし、ほかの素材にはない上述のメリットもいろいろある。

というわけで、ワタクシども飲み手も、ワインメーカーたちの流行の尻馬に乗り、アンフォラ・ワインを大いに楽しもうではないか!!


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立花峰夫 Mineo Tachibana

タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワイン専門誌への記事執筆、欧米ワイン本の出版翻訳を精力的に行う。
翻訳書に『アンリ・ジャイエのワイン造り』ジャッキー・リゴー著、『シャンパン 泡の科学』ジェラール・リジェ=ベレール著、『ブルゴーニュワイン大全』ジャスパー・モリス著、『最高のワインを買い付ける』カーミット・リンチ著などがある。

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