*連載コラム「岩瀬大二のワインボトルのなかとそと」のアーカイブページはこちら
ニューヨークワイン・オブ・マインド
6年前の7月、アメリカの独立記念日の前日。私はニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンにいました。
ビリー・ジョエルのライブを見るために。
月に一度の定期公演という前代未聞のライブ。
ニューヨークとビリー・ジョエルという特別な関係があったからこそ実現したこのシリーズに、いつかは…という思いを強く胸に抱いていましたが、ついにこの日、実現したのです。
この時のニューヨーク行はエンタテインメントだけが目的ではありませんでした。
というよりも主な目的は、ニューヨーク州ワインの見聞を広めるというもの。
当校でも講座を持つニューヨークワインの専門家であり、輸入を取り扱うGO-TO WINEの後藤芳輝さんにガイドいただき、名産地である北西部のフィンガーレイクス、避暑地であるハンプトンなどロングアイランドのワイナリーを巡りました。
当時、ニューヨークのワインというものに対する日本での認知度は低いものでしたが、現在は、後藤さんたち関係者、愛する人々の尽力で、日本においても少しずつ知られるようになってきたこと。
これは私にとってもうれしいことです。
その取材の成果や考えたことなどは、これまでもいろいろなところで書いてきたので、ご興味ありましたら「ニューヨークワイン 岩瀬」で検索してみてください。
さて、今回の本題は、ビリー・ジョエルとニューヨークワイン。
当コラムの初回で、音楽とワインの話を書いて、その中でもビリーとワインの関係について少し書いたのですが、今度は、ニューヨークワインとの関係。
フィンガーレイクスのあるワイナリーで当主が着ていた作業服。その背中にこんなフレーズが書かれていました。
「New York Wine of Mind」。
ビリーのライブの定番曲であり、ニューヨークの情景、人々の思いを美しく、少し切なく切り取った名曲「New York State of Mind」のもじりでした。
この地に来る前に、家で仲間たちとビリーのライブを見ながらニューヨークワインを楽しむという会をやって盛り上がっていましたが、現地でこんな素敵な関係を体感したら…。
ビリーの曲「Scenes From An Italian Restaurant」の歌詞。
イタリア料理店で白ワインのボトルを空け、赤ワインのボトルを空け、そしてロゼも…。という歌詞にならって、最新アドレスのレストランの1件をパスし、「他にもいくらでもいいイタリアンはあるのに」というアドバイスを袖にしてリトルイタリーへ。
チャイナタウンやサリバンストリートなど歌詞の舞台を巡りつつ、ニューヨークワインが味わえる店を訪ねる。
名盤「52nd Street」の冒頭を飾り、また長らくライブでの定番曲である「Big Shot」に歌われたドン・ぺリニヨンを煽る…も体感したかったけれど、この滞在ではニューヨークのスパークリングワインを優先して(ニューヨークのクラフトビールも堪能)。
このコラムを読んでいただいている時点では、まだ不安な日々が続いているでしょう。
すぐにかの地に…というわけにはいきません。
でも、家に、そのワインがあれば。先日、いろいろなことに配慮しながら、我が家で久々に、ニューヨークワインとビリー・ジョエルの会をささやかに開きました。
GO-TO WINEのネットショップから、フィンガーレイクスの「ハーマンJウィマー」、ロングアイランドの「ウォルファーエステート」、そしてブルックリンのアーバンワイナリー「ブルックリンワイナリー」という3地域から購入。
“STAY HOME”の期間を、ちゃんと過ごしてきた仲間たちとの再会。
誰もがこの日、最初の外での飲食で、仲間たちとのリモートではない最初のリアルな会話。
ビリーのライブを見ながら、曲に酔い、音楽に酔い、会話に酔い、「New York State of Mind」でのゲスト、トニー・ベネットとビリーの熱唱にワインはすすむ。
弾む気持ち、迫る思い、こぼれそうな涙をなんとか笑顔で少し抑えながらの時間は、とても幸せなものでした。
ワインボトルのなかとそと。
みなさんの好きなワインとその舞台もきっとあるでしょう。
アンダルシアを舞台にした物語とシェリーを求めて。
オペラとフランチャコルタ、映画とシチリアワイン、スポーツ、伝統音楽、絶景。
そこにその地のワインがある旅は格別です。
そしてこの環境下だからこそ、家にいながら、かの地に思いを馳せながら味わうワインは、また、違う幸せと感動があることでしょう。そして物語は続いていくのです。
2020.07.10
岩瀬大二 Daiji Iwase
MC/ライター/プランナー/イベント・オーガナイザーなど様々な視点・役割から、ワイン、シャンパーニュ、ハードリカー、ビール、日本酒などの魅力を伝え、広げる「ワインナビゲーター」、「酒旅ライター」。「お酒をめぐるストーリーづくり」「お酒を楽しむ場づくり」が得意分野。お酒単体ではなく、スポーツやロック、旅、地域文化、演芸などさまざまな分野とお酒の魅力を結びつけ紹介している。
フランス・シャンパーニュ騎士団 オフィシエ
シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長
ぐるなび「IPPIN」酒キュレーター
「ヤフー!ライフマガジン」日本酒特集担当
他、ワイン専門誌や情報誌、WEBメディアでの特集企画・ワインセレクト・インタビュー、執筆。日本ワイナリー収穫祭や海外生産者交流イベント、日本最大級のスペイン祭りなどお酒と人々を結ぶイベント演出、MC/DJ多数。