伊東道生の『<頭>で飲むワイン』Vol.111

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バカンス とワインavec コロナ

伊東道生の『<頭>で飲むワイン』Vol.111

RVF誌は、バカンス前に久々の別冊を加えた分厚めの2冊本。

別冊のほうは、新しい読者層の開拓のためか、基本的な「アロマ」を基本とするデギュスタシオンの記事。

オーソドックスにアロマの知覚の科学的分析や、脳科学者の分析から始まり、舌のどこで味覚を感じるか、ソムリエの脳は、どのように刺激を受けているとか。というおなじみの記事。

面白いグラフも載っていて、味覚を知覚する速さです。

ここには、そのまま記載できませんが、横軸に経過する時間(秒)、縦軸に知覚の強度(0~40という数字が並んでいますが、単位は記載なし)最も早く感じるのは甘さと酸味。

甘さは3秒くらいで強度35,酸味は、同じ曲線を辿りながら、8秒くらいで、強度40を越えます。

苦みは時間がかかり、10秒経ってから上昇し、20秒くらいで、強度40。収斂性(astringent)も、よく似たカーヴで、10秒位して、強度20、旨み(!)も10秒ほど経って、強度30になります。

同時に各味覚の持続力も曲線で理解できるので、簡単に言うと・・・私たちは、ものを味わうとき、まず甘さを知覚するが、すぐに消えてしまいます。

その後、強烈に酸味を感じそれなりに長い間残っています。

時間が経つと苦さが来て、その間に収斂性と旨みが持続的に続く・・と。

雑誌では、ワインを知っている人なら納得、と書いてありますが、どうなのでしょう。

知覚の脳神経を含めた科学的分析は、知覚の説明にはなりますが、日常の知覚経験とズレがある気もします。

 

科学のお話の後は、デギュスタシオンの実践へ。

アロマ・ホイール(分類円図)も掲載しています。

先にも書いたように、これまでのRVF誌では、見られなかった特集です。

お家のみ?でワインに蘊蓄をかたむけ始めた読者向けみたいです。

アロマが中心話題で、それにまつわる味覚を少し、というかたちで、すべての感覚を均等に勉強、というよりも、入門編としては絞ったかたちで、よくできています。

 

ワインの味覚にはテクスチャーとかティシュ(tissu 布地、肌理)に関わるものがあることをご存知だと思います。

この別冊でも、ワインのテクスチャーの七つの類型として取り上げられています。

「熟成を欠き、過度に酸味や収斂性があるもの」(形容語としては、緑vert、樹脂のようなresineuxなど)とか、「心地よい味わいとバランスの取れ酸味の感覚」(甘い doux、たっぷりsouple、豊かricheなど)などがあげられ、そのなかに、「さまざまなタイプの布地(tissu)と比べられる物理的感覚」というものが挙げられています。

触覚的な表現で、ビロードやサテン、絹などの用語はよく使いますね。

ずいぶん前に、このメルマガでも書いた覚えがありますが、C’est le petit Jesus qui vous descend dans le gosier en culotte de velours. 「ビロードのズボンをはいた幼子イエスが喉を通り過ぎる」などは、大言壮語でいいですねえ。

 

デギュスタシオンには、視覚、ワインの色彩も大事ですが、実際の触覚と視覚の関係は、なかなか複雑です。

十七、十八世紀の哲学・心理学の有名な問題として、「モリヌークス問題」というのがあります。

モリヌークスというアイルランドのお医者さんが、当時イングランドで著名であったロックに手紙を出して訪ね、ロックは、その答えを『人間知性論』(1689)という著書で表します。(ロックは、あからさまではないですが、旅行のようなかたちで、フランスに亡命していたときもあり、フランスの葡萄栽培やワインについての著作も書いています。そこには、伝統的な、今で言う、ビオディナミに近い栽培も書かれています。)

モリヌークスの問題は「生まれつき目が見えない人は、開眼手術を受けた後、視覚だけで立方体と球の判別が出来るか」というものです。

盲目の人は、触覚を使って、つまり手で触って、立方体と球の判別は出来ます。

その人が、開眼手術をして、目が見えるようになったとき、触らずに、目で見るだけで、立方体と球を判別できるか、という問題です。どうでしょう。

ロックの答えも、実際の答えも同じで、「判別できない」です。論争はその後も展開します。盲人でも幾何学は理解できる。幾何学は形についての学問だから、それを本当に知性で理解していたら、理論上は判別できるという人もいました。

今風に言うと、視覚や触覚、いや味覚なども、脳神経システム上、電気的・化学的に同質なものとして処理できるはず、入り口(触る、味わう、見る・・)は違っても、脳神経システムで「翻訳」される、そういう「共通感覚」のシステムを持っているから、判別できるはずだ、という人もいます。

理屈については、はっきりした決着はついていないようですが、少なくとも視覚と触覚は、結びつくのに経験が必要なようです。

この経験訓練がないと、見ているものと触っているものが、同じだとはわからないのです。

信じられないようですが。味覚や嗅覚、視覚の連動も、経験が必要なことなのでしょう。

ワインの経験は、大事なものです!いっぱい飲んで、訓練しましょう!

 

閑話休題。雑誌に戻ります。

 

基本的な話の次は、ワインの味覚の歴史。

コーカサスで8000年前からワインがあったという話から、エジプトでは、ワインは栄養剤でもあった歴史のお話、古代ローマや中世へ、1919年のAOCと続きます。

手っ取り早くワインの歴史も勉強できます。

 

続いては、デギュスタシオンの実践にあたっての注意。リラックスして臨みなさいという心構えやデギュスタシオン・ア・ラヴーグル(ブラインド・テイスティング)などの実践上の注意。

デギュスタシオン入門の新しい方法や、それを学ぶ学校の紹介、クリマがワインにもたらす影響、最後がワインと料理のマリアージュです。

酸味や香辛料、塩味などに対応する考え方も披露しています。

これ一冊でワイン通!みたいな企画。

 

ついでに、―といっても冊子の半分くらいありますが―ワインのアロマを理解するには、理論的なこと、学校、経験などもありますが、ワイン畑も大事です。

そのためにフランスの12の地域を選びました、と葡萄栽培地の紹介です。

この12がなかなか渋い。

あなたなら、フランスのどこを選びますか。AOPというよりも、AOPを代表する、より狭い限定地域が選ばれています。

どの地域も、デギュスタシオンの学校や、レストラン、ワイン商店、ワイン・バーなどの情報付きです。

 

最初はアルザス、それもストラスブールからコルマール。

ここでは、リースリングやゲヴュルツトラミネール、ピノ・グリ、ピノ・ノワールなど多くのセパージュとテロワールのカップリングが学べる。

 

二つ目はシノン。フランスならではの選択。

作家フランソワ・ラブレー(1438-1553)にちなんだ地で、いわばワインと歴史のお勉強をすると、必ずエピソードが出てくるところです。

副題は「ラブレー風の息抜き」です。カベルネ・フランは、ラブレーによってこの地で有名になったとか。

シノンは熟成すると、グラン・ヴァンに匹敵する、とありますが、私自身は古いシノンは飲んだことがありません。

なかなか手に入らないですしね。

 

三つ目も、ロワールの代表として、オーヴェルニュ。

ピュイ・ド・ドームが代表する火山地帯のワイン畑。AOPコート・ドーヴェルニュは、火山の土壌、高度、フェーン現象の効果で、独特のテロワールを形成、といううたい文句です。

夏には日較差が20度にも及ぶことがあり、土壌と相まって、赤ワインは独特の、いぶした、あるいは香辛料の香りを醸し出します。

でも、ワインよりヴォルヴィックやヴィシーといったミネラル・ウォーターの方が有名なのは、フランスでも同じようです。

 

四つめはローヌの北、シラクサ、シリアに近似する名前から、長くイラン産と思われてきた(!?)シラーにあふれるアンピュイからタン。

ここは、ローヌを代表するドメーヌのギーガルとシャプティエが、さらにジャブレもあり、シャプティエでは、デギュスタシオンから屋外バーベキューも楽しめるとのご案内。

メゾン・ドゥラの新しいデザインのカーヴもお見逃しなく。

 

ローヌの南が五つめ。

アヴィニョンではなく、なんと「プロヴァンスの巨人」の異名をもつヴァントゥ山の界隈。

ルネサンスの人文学者・詩人のペトラルカの登山碑があります。

ラブレーにしろ、常にフランスワインには、文化的刻印が刻まれています。

ここはフランスで最も古い葡萄栽培地の一つ。

コート・ドール(ブルゴーニュ)では、気球に乗って葡萄畑を見渡すというツァーがありましたが(今でもあるかな)、ここでは、お望みなら「馬に乗って」の葡萄畑巡りもできる、と。

 

六つめはニース近郊のベレ。

今では60haしかないベレも、十世紀には1000haもあり、フェニキア人がマルセイユに移植し始めたときから葡萄を植え始めた由緒ある地域、一般にはなじみが薄いが、ビオもしくはビオディナミ栽培で、注目を浴びてもいます。

ニースのレストランでもヴァントゥの興味深いワインが提供されています。

 

後の半分は、簡単に。

南西地区からは、アヴェイロンとカオール、ブルゴーニュはコート・シャロネーズ、シャブリ(ここらはサンチャゴ・デ・コンポステラの巡礼街道沿い)、ボルドーは、ボルドー市(ワイン博物館)とルーピアックからカディヤック。

 

いずれも、観光を意識して、ワインだけでなく、歴史と文化も鑑賞でき、これまであまり宣伝されてこなかったが、RVFが、それなりに注目している地域です。

 

ちなみに本冊子では「ワインを楽しむツール・ド・フランス」と銘打って、誌上でドメーヌのデギュスタシオン巡りです。

こちらは、ドメーヌのワインをいつものように点数評価で終わっていますので、いささか味気ない。

いずれまた紹介します。

 

最近は、何事もオンラインで、というのが流行っています。

旅行社でも、オンライン観光ツアーというのを売り出しました。添乗員の人が、実際に現地へ行き、リアルタイムで配信するというものです。

 

この12の地域も、オンラインツアーで、例えばリアルタイムで、ガイドさんが、通訳を兼ねて、参加者の質問などを聞きながら、観光地を巡ったり、ドメーヌの人とお話をしたり、随時、日本語でも質問を受付、ドメーヌの当主に聞いてみたり、おまけに、そのワインがもらえる、とか、それなりに、いろいろ出来そうです。

 

最後に、冊子にあった、サンセールのル・パノラミック(le Panoramic)というホテルの広告写真がよかったので、ご紹介。葡萄畑の中にプール!私は泳ぐのが好きなので、これは最高!

これで写真を探してください。→https://bit.ly/3g2flLF

 

もう一つおまけと宣伝。大学時代の友人が、夫が書いたものだと本を送ってくれました。

都留康著、中公新書『お酒の経済学』です。

残念ながらワインの話はないのですが、日本酒や、ビール、ウィスキー、焼酎といったお酒と経済のお話です。

興味ある方は、どうぞ。

2020.08.21


伊東道生 Michio Ito

東京農工大学工学研究院言語文化科学部門教授。名古屋生まれ。
高校時代から上方落語をはじめとする関西文化にあこがれ、大学時代は大阪で学び、後に『大阪の表現力』(パルコ出版)を出版。哲学を専門としながらも、大学では、教養科目としてドイツ語のほかフランス語の授業を行うことも。
ワインの知識を活かして『ワイナート』誌に「味は美を語れるか」を連載。美学の視点からワイン批評に切り込んでいる。

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