スティーヴン・スパリュア名誉校長への追悼文
謹んでご逝去を悼み生前の温かいご指導に対し、あらためてお礼申し上げます。
ワインジャーナリストのパイオニアである有坂芙美子さんのご紹介により、スパリュア氏のパリのワイン学校の分校という触れ込みで1987年にアカデミー・デユ・ヴァンが渋谷に誕生しました。ワインがあまり一般的ではなかった当時、本格的なワインの知識を身につけたいという意欲的な飲食店や酒販店の経営者や海外でワインの魅力の虜になった愛好家達が挙って通い始め、私もその時は一期生のひとりでした。
4年前の開校30周年記念パーテイの際に、スパリュア氏が「30年前に東京に来た時は、ワイン文化がほとんどない状態であったのが、今では誰でも気軽にワインを楽しめるようになったことが嬉しい。」と話されましたが、ワインの啓蒙活動を続けてこられたのは、スパリュア氏のお力添えがあったからこそと感謝しております。
スパリュア氏が行った数々のエポックメイキングな出来事、世界中のワイン業界に新しい風を吹き込んだことは偉大な功績です。ワインに対する情熱や純粋な愛情や好奇心、また上品な英国紳士であることも魅力的でした。
1972年にフランス初のワイン学校をパリに開校しワインの学び方を広め、また、1976年のカリフォルニアvsフランスのワイン対決「パリスの審判」の結果が巻き起こした衝撃は、フランスワインをより品質向上へと邁進させ、後に続くニューワールドのワインもカリフォルニアに続けとばかりに発展することができました。
東京校の5周年記念パーテイの際、その対決でムートンやオー・ブリオンを負かして1位になったナパ・ヴァレーのスタッグス・リープ・カベルネ・ソーヴィニョン1973について、「ワイナリーの初ヴィンテージで樹齢3年だったのが驚きだった。」とスパリュア氏が興奮気味に話されたことが印象的でした。
2004年のチリvsボルドー1級シャトー&スーパートスカーナ対決「ベルリン・テイステイング」は、エデユワルド・チャドウイック氏のエラスリスの品質の高さを証明したイベントですが、ドイツからスタートしヨーロッパ、アメリカ、アジア、南米等14カ国で開催というスケールの大きさ。2006年に東京で行われた時は100名の審査員がブラインド試飲の後に順位を決めるのですが、やはり上位を占めたのはエラスリスでした。この貴重な体験によって、私達はチリのテロワールと造り手の芸術性に目を見張りました。
約20年前、ロンドンから東京に到着したばかりのスパリュア氏とタテルヨシノ芝パーク店で食事をした際に、長旅の後とは思えない美しい姿勢と所作に感銘を受け、健康法について伺うと毎日30分ほどエアロバイクのエクササイズをされているとのことでした。2008年からは、イギリス南部ドーセットの奥様の農場ブライド・ヴァレーでスパークリングワイン造りを始められ初ヴィンテージは2011年。健康的な田園生活を送られ、最期までワインに愛情を注いだ素晴らしい人生だったと思います。
2017年には、世界のワイン業界に多大な影響を与えた人物としてデカンタ誌のマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたことも大いなる名誉です。
スパリュア氏のワインに対する先見の明や熱意を忘れることなく、これからもアカデミー・デユ・ヴァンを続けてまいりたいと思います。これまでのお導きに心より感謝し、安らかに永遠の眠りにつかれる事をお祈りいたします。
アカデミー・デュ・ヴァン 副校長 奥山久美子