宇宙航空研究開発機構(JAXA)の野口聡一飛行士が5月1日、半年ぶりに国際宇宙ステーション(ISS)から地球に帰ってきた。ただ、ISSに最近まで滞在していたのは、野口さんだけではない。一銘柄の赤ワイン、それもとびきり高級なやつが438日と19時間を宇宙で過ごしたのち、この1月にわが星へと戻ってきたのである。その名は、20世紀最高のボルドーのひとつ、シャトー・ペトリュス2000。今月は、この面白ニュースをしっかりと取り上げることにする。
文/立花 峰夫
【目次】
1. 壮大でミクロな計画の概要
2. ペトリュス2000ってどんなワインなの?
3. Space Cargo Unlimited社ってなに?
4. 居酒屋解説:ワインの熟成はまだ神秘なの♪
1. 壮大でミクロな計画の概要
宇宙である。広い。これ以上広いものはないのが宇宙だ。そして国際宇宙ステーション(ISS)である。遠い。地球から約400km以上もはなれたところにある。
そんなところに、750mlのワインボトルを1ケース(12本)もっていって、瓶の中という小さな小さな世界で何が起きるかを探ってやろうというのだから、なかなか素敵な思いつきである。
この、バカなのか天才なのかよくわからない計画を実施したヨーロッパのスタートアップ企業、Space Cargo Unlimitedが3月末に発表したプレスリリースから、計画の概要と結果の第一報を引いてみよう。
「ボルドー(フランス) – 2021年3月24日、ボルドー市庁舎で行われた記者会見で、Space Cargo Unlimited社は、世界初の民間応用宇宙研究プログラムであるMission WISEの一環として、国際宇宙ステーションで14ヶ月間過ごしたワインの秘密を公開しました。
地球温暖化を背景に、Mission WISEは、微小重力が複雑な生物学的システムに与える影響を活用し、明日のブドウ栽培と農業のためのソリューションを見つけることを目的としています。
(中略)
こうして12本のペトリュスが、フランス・イタリアのタレス・アレニア・スペース社と米国のナノラックス社の技術サポートを得て、2019年11月2日に国際宇宙ステーションに向かったのです。
このペトリュスは、2021年1月14日にドラゴンカプセル(スペースX社)で地球に帰還した後、ボルドーに到着して数年にわたる研究・分析プログラムが開始されました。
最初の分析は、3月1日にボルドーのISVV(ブドウ・ワイン科学研究機構/Institut des Sciences de la Vigne et du Vin)で行われました。ISVVでは、同研究所のワイン醸造研究ユニットのディレクターであるフィリップ・ダリエ氏が中心となって、官能評価をするためのテイスティングを実施したのです。
フィリップ・ダリエ氏本人を含む、プロのテイスティングに精通した5人を含む12人のパネリストがテイスティングをして、同じ銘柄の、地上で熟成させたワインと宇宙からもどってきたワインを比較し、視覚、味覚、嗅覚などの基準で表現しました(後略)」(Space Cargo Unlimited社のプレスリリースより)
比較の結果がどうだったかについては、パネリスト自身が記事を書いたり、そのコメントがいろんな媒体で引用されていたりするのだが、その結論をまとめると、「宇宙で熟成させたペトリュスのほうが、2~3年分ぐらい、熟成が進んだ状態になっていた。特に色の違いにそれがはっきり現れていた。でも、地上のも宇宙のも、同じぐらいすばらしかった」ということになるようだ。
なお、宇宙から帰還したペトリュス2000の研究は、この官能評価でもちろん終わるわけではなく、詳細な化学分析がこれから始まるらしい。宇宙環境が、ワインとその構成要素(味、香り、色、ポリフェノール、発酵、細菌、酵母など)の熟成に与える影響を理解するのが、その目的だそうである。