ワイン映画でワインが飲みたくなるか? Vol.1 『おかえりブルゴーニュへ』

コロナ自粛は残念ながらまだまだ続きそうである。店だろうが屋外だろうがウチの中だろうが、家族以外の人間とワインを飲んではまかりならんとお上から言われてしまったいま、巣ごもりして映画でも見ながら、一杯やるしかない。

そんなわけで今月の特集では、ワインをテーマにした映画を5本、筆者の独断と偏見で選び、見たらワインが飲みたくなるかを検証してみる。Vol.1は、みんな大好きあの産地をテーマにした作品、『おかえりブルゴーニュへ』(2016)へである。

※「地球上で最大級の品揃え」を誇るらしい、某大手通販サイトのオンデマンドビデオ視聴サービスで見られるものから映画は選んでいるが(各原稿執筆時点)、視聴可能作品はどんどん変わっていくから、さっさと見てくださいね。


【目次】

1. どんな映画なの?
2. ここに注目その1: 相続問題のリアル
3. ここに注目その2: ワイン造り現場あるあるの宝庫
4. ここに注目その3: ジェンダー問題
5. ここに注目その4: その他のミドコロ
6. 結論: ワインはどれぐらい飲みたくなるか?


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1. どんな映画なの?

画像は公式ウェブサイトより(http://burgundy-movie.jp/about.php)

ブルゴーニュはコート・ドール地区の小さなドメーヌの世代交代をめぐるヒューマン・ドラマである。いわゆるあらすじ的なものを、公式ウェブサイト(http://burgundy-movie.jp/about.php)から引用してみよう。

【STORY】
「フランス・ブルゴーニュにあるドメーヌの長男ジャン(ピオ・マルマイ)は、10年前、世界を旅するために故郷を飛び出し、家族のもとを去った。その間、家族とは音信不通だったが、父親が末期の状態であることを知り、10年ぶりに故郷ブルゴーニュへと戻ってくる。

家業を受け継ぐ妹のジュリエット(アナ・ジラルド)と、別のドメーヌの婿養子となった弟のジェレミー(フランソワ・シビル)との久々の再会もつかの間、父親は亡くなってしまう。

残されたブドウ畑や自宅の相続をめぐってさまざまな課題が出てくるなか、父親が亡くなってから初めてのブドウの収穫時期を迎える。3人は自分たちなりのワインを作り出そうと協力しあうが、一方で、それぞれが互いには打ち明けられない悩みや問題を抱えていた・・・」

監督が誰で、メインの俳優陣がどんなヒトでというような情報は、公式ウェブサイトに詳しく書かれているので、そちらを見てくださいな。なお、公式ウェブからは予告編の映像も視聴可能である。

さてこの作品、単純に映画としての完成度が高いと思う。脚本、俳優陣の演技、映像のいずれもスバラシイ。ワインやブルゴーニュをちっとも知らないヒトが見ても、かなり満足度は高いのではないだろうか。ただ、こちらは「ワインが飲みたくなるか?」を評価するための映画評なので、以下ではオタークな観点からのミドコロを紹介していこう。

 

2. ここに注目その1: 相続問題のリアル

過去10年、コート・ドール産高級ワインの値段は暴騰とでもいうべき値上がりをし、トップドメーヌの特級畑や一級畑の銘柄は、成層圏外に行ってしまった。それに伴い、そうした畑の農地としての価格もべらぼうに値上がりしている。

ここには、鶏と卵の関係にも似て、畑の値段があがる→相続税の原資を確保しないといけない→ワインの蔵出し価格をあげざるをえないという、因果の鎖もある。いずれにせよ、コロナ禍になってからも、相変わらず高級ブルゴーニュの価格は上がり続けている。霜などの天候被害が気候変動のためか頻発し、生産量が安定しないことも価格上昇の原因にはなっているのだが。

だから、コート・ドールに畑をもつ生産者が抱える共通の悩みは目下、「どうやって莫大な相続税をどうにかするか?」である。特級畑や一級畑をそこそこもっていると、へたをすると日本円で億の単位の相続税を納める必要がでてくるのだ。

筆者もフランスの税法に詳しいわけではないのでディテールはわからないものの、この相続税問題、ブルゴーニュの生産者にいろいろ尋ねてみたところ、「10年、20年かけて、いろいろしかるべき手を打って準備すれば、合法の範囲で納税額をかなり圧縮することはできる」らしい。洋の東西を問わず、「税金をたくさん払えて嬉しい。シアワセ」という人間は少数派なので、みんなせっせと対策にはげんでいるようだ。

しかし、この映画の主人公である3兄妹のパパのように、なーんの準備もせずにおっちんでしまった場合、状況は壊滅的になる。この相続税問題が、実にリアルに描かれているのが、この映画のオターク的ミドコロその1である。

 

3. ここに注目その2: ワイン造り現場あるあるの宝庫

ワインをテーマにしている作品、映画に限らず筆者が一気に冷めるのは、「こんなコトあるかいっ!」と全力で突っ込みたくなるような、リアリティのない描写が炸裂する瞬間である。

その点、この映画は完璧に思われた。もちろん、筆者もブルゴーニュに住んで、ワイン造りに携わったことがあるわけではないので、「地元民なら気付く些細なキズ」をスルーしている可能性は大いにある。だが、「ワインの専門知識をフツーにもっている人間」が、安心して見ていられる細部の詰めが、少なくともこの映画にはある。

それだけでなく、「あー、こういうコトって、いかにもありそう。知らんけど」と思わせる、リアルな現場の描写が続出するのだ、この映画は。

たとえば、同じ畑の隣接区画を所有する別ドメーヌの収穫人が、まちがって隣にある主人公たちの区画のブドウを摘んで、トラブルになるシーン。こういうちょっとしたシーンでも、なんだかとっても勉強になった気がした、映画を見終わったあと。

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4. ここに注目その3: ジェンダー問題

調査対象世界156カ国中、日本が堂々の120位と大恥をさらしているジェンダーギャップ指数2021において、フランスは16位。悪くはない。

ただし、ワイン製造業界は圧倒的な男社会である、いまだ。もちろん、コート・ドールでもマダム・ビーズ・ルロワなり、アンヌ・グロなり、栗山朋子さんなり、大活躍街道爆走中の女性醸造家はいるけれど、しかし比率としては圧倒的に少ないし、女性蔑視の風潮はブルゴーニュでも根強くあるらしい。

だから、主人公3兄妹の中で、真ん中のジュリエットが亡き父の跡を継ぎ、栽培醸造責任者になるというのは、なかなか強いメッセージである。

この映画、ワイン製造業界のジェンダー問題を知るという視点で見ても、得られるものが多くある。

 

5. ここに注目その4: その他のミドコロ

ほかにもこの映画にはミドコロが満載である。

まず、季節ごとの畑の絵が美しい。ブルゴーニュは、世界有数という言葉を使いたくなるほど、ブドウ畑の風景がビューチホーな産地だが、それを「なにこれCG?」と思うぐらいの映像で魅せてくれる。コロナで現地へ行けないいま、ヴァーチャル産地訪問が映画でできるのだ。

そして、脇役のジャン・マルク・ルーロがとにかく渋い。3兄妹のドメーヌで、父の代から番頭的な役割を果たしてきた古株の従業員役で、しょっちゅう画面に出てくるのだが、このヒトこそムルソー御三家のひとつ、ドメーヌ・ルーロの現当主なのだ。

ジャン・マルク様、1980年代後半に蔵を継ぐまでは、パリで俳優をしていた本職だから、当然演技はとってもうまい。ルーロのワインが好きなら、それだけでもこの映画は見る価値がある。

あとは、エンドクレジットに並ぶ蒼々たるドメーヌ名だ。スペシャル・サンクスとして表示されるドメーヌ名は、ルーロをはじめ、ド・モンティーユ、DRC、ルフレーヴ、コント・ラフォン、プス・ドールなどなど、ちょっとびっくりする。ぜひ、最後までエンドクレジットをガン見してほしい。

 

6. 結論: ワインはどれぐらい飲みたくなるか?

毎回、星5つで「飲みたくなる度」を評価したいと思うが、この映画は文句なく満点の★★★★★。赤でも白でもいいので、コート・ドールのお気に入りの造り手のものを用意してから観はじめてください。

お財布具合に余裕があるヒトなら、ジャン・マルク様の名演に敬意を表して、ルーロのムルソーを強くオススメしたいが、べらぼうに高いし、入手も困難だから、そこはまあ別のワインでもよしとしよう。

なお、同じブルゴーニュをテーマにした映画で、『ブルゴーニュで会いましょう』(2015)という作品もあるのだが、間違えないでくださいね。なぜ間違えてはいけないかというと……(以下、自粛)。

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立花 峰夫 Mineo Tachibana
タチバナ・ペール・エ・フィス代表。ワイン専門誌への記事執筆、欧米ワイン本の出版翻訳を精力的に行う。
翻訳書に『アンリ・ジャイエのワイン造り』ジャッキー・リゴー著、『シャンパン 泡の科学』ジェラール・リジェ=ベレール著、『ブルゴーニュワイン大全』ジャスパー・モリス著、『最高のワインを買い付ける』カーミット・リンチ著などがある。

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