ロワールは中世の歴史に彩られた、パステルカラーの水彩画の様な美しいワイン産地です。全長千キロにも及ぶロワール川流域。美しい古城が建ち並ぶ中流の渓谷はユネスコの世界遺産に登録されて昨年20年を迎えました。
本記事で、この産地の特徴を主要なブドウ品種やアペラシオンを通して学んでいきましょう。読み終える頃にはロワールのワインの特徴だけで無く、ゆかりがある歴史や観光名所の古城も、いつの間にか頭に入ります。
ワイン造りにも道々触れていきますから、河口から歩みを始めて上流の産地に到着する頃には、総合的なワイン力がアップすること間違いなしです。
【目次】
- ロワールワインの産地概要と主要地区、代表品種
- シュール・リーがポイント~河口の産地ペイ・ナンテ
- ロゼに泡、伝統の甘口、個性の光る辛口白ワイン~アンジュ&ソミュール
- ジャンヌ・ダルクと赤ワイン~古城めぐりも楽しいトゥーレーヌ
- ライバルはニュージーランドかブルゴーニュか?~サントル・ニヴェルネ
- ロワールワインのまとめ
1. ロワールワインの産地概要と主要地区、代表品種
冷涼な気候を背景に白ワインが半分近くを占めていますが、勢いを増しているロゼやスパークリング、そして赤ワインも有名。更には辛口以外にも、中甘口、甘口を貴腐や遅摘みのブドウから造っていてワインのスタイルは多様性に富んでいます。ロワール川河口の海洋性気候から内陸の大陸性気候までの幅広い産地ですが、抑えたアルコールと、爽やかな果実と酸に恵まれた軽やかなワインになるところが共通点です。
ロワール川河口から上流に向かって、ペイ・ナンテ地区、アンジュ&ソミュール地区、トゥーレーヌ地区、サントル・ニヴェルネ地区の4つに分かれます。AOC(原産地統制呼称)ワインは、この4地区で5万ヘクタールに及びます。
サンセールで知られるサントル・ニヴェルネ地区は実は4地区では最小で日本では比較的知名度が低いアンジュ&ソミュール地区が最大栽培面積を有します。
代表的な品種は河口からムロン・ド・ブルゴーニュ、シュナン・ブラン、カベルネ・フランそしてソーヴィニョン・ブラン。夫々の地区の気候や土壌に適したブドウが栽培されています。
2. シュール・リーがポイント~河口の産地ペイ・ナンテ
ペイ・ナンテ
ロワール河の支流であるセーヴル川とメーヌ川の間に広がる低地で、ロワール主要産地の中で最も河口近くにあります。大西洋に近く、年間降雨量は800㎜弱で、冷涼です。海洋性気候なのですが、冬の凍害や霜害に苦しめられることがあります。古くは1709年の厳しい冬は、それまで黒ブドウ栽培が優勢だったこの地区が、白ブドウ生産中心に変わる転換点ともなりました。
西洋史にも密接な関係があり、ワイナリーツアーと共に歴史遺産の観光も楽しめます。1598年にブルボン朝のアンリ4世がナントの王令(勅令)を出したブルターニュ大公城が、今はナント歴史博物館になっています。プロテスタントの信仰を認めたことによりユグノー戦争(宗教戦争)が終結したという歴史的な土地です。
ムロン・ド・ブルゴーニュ
この地区の主要ブドウ品種は溌剌とした白ワインを造るムロン・ド・ブルゴーニュです。
ブルゴーニュには13世紀には既に存在していたと言われるブドウ品種で、ペイ・ナンテに持ち込まれると17世紀には盛んに栽培されるようになります。寒さにとても強くて1709年の厳しい凍害を生き抜きました。一方で、房は果実が密集していて、べと病や灰色カビ病にかかりやすいブドウです。
ムロン・ド・ブルゴーニュを使ったワインでもっとも有名なのは、この産地の3分の2を超える生産量を占める、AOCミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌです。
ムロン・ド・ブルゴーニュを使ったワインは酸が高いけれど、軽くてあまり香りや味わいにこれと言った特徴が無いものになりがちです。ですので、半分程度はシュール・リーという澱と接触をしながら熟成を行ったワインとして販売されます。澱との接触で、ボディに厚みを持たせて、質感を増して味わいに複雑味を持たせるのです。
収量は低く(55hl/ha)抑えられ、収穫翌年の3月から11月の間に熟成を経た後に瓶詰をすることが規定されています。
シュール・リーは長期間澱引きをしないので、二酸化炭素が溶け込んでワインが微発泡性となることも有り、飲み口に爽快さを感じることもあります。
ミュスカデというとシャンパーニュやシャブリと同じように生牡蠣と合わせるという方も多いのではと思います。強い香りや重いワインだと繊細な牡蠣の風味を損なってしまいますが、ミュスカデは軽やかで口当たりも爽やか。澱との接触でクリーミーな味わいを持つので上手い具合に生牡蠣の味わいに溶け込みます。
この地では少数の大手ネゴシアンが市場の過半を占めていて、大量生産したワインのバルク売りも行われます。また、気軽に飲めるワインとして1980年代に人気が高まり、大量生産で輸出が盛んになり、栽培面積も大幅に増加したのですが、90年代にはすっかり人気に陰りが出てしまい、生産者数も減ってしまった経緯がありました。
そうした背景の中で、品質にこだわる小規模生産者達は自分で瓶詰してテロワールの特色を打ち出そうと努力を重ねてきました。
村名クリュ
高品質なワインを産出するクリッソン、ゴルジュ、ル・パレといったコミューンが、クリュに2011年より指定されて、収量もさらに厳しく(45hl/ha)制限されました。澱との接触が2年に及ぶクリュもあり、既定の期間内に瓶詰ができないので、シュール・リーとラベルに記載できません。なんだか、不思議ですね。
長い間、澱との接触を続けて澱引きをしないと、還元臭と言う硫黄のような欠陥臭が発生しまう場合もあります。シュール・リーの瓶詰期間の規定は、そもそもは品質を担保する意味もあったようです。しかし、バトナージュ(熟成中のワイン攪拌)を併用して還元臭の発生を避けながら、更に長期間、澱を使って熟成をしたワインにシュール・リーとラベルに記載できないのは判り難いですね。
ともあれ、これら3つに加えて2019年以降にも追加のクリュが認められて、今では10のクリュがあります。このうち、シャントソーを除いた9つは全て、ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌに所在しています。夫々のクリュの土壌は、花崗岩や片麻岩、斑れい岩など多様ですが、こうした夫々の土壌も意識しながら、造り手たちは市場にテロワールの独自性を訴求しています。
長期熟成に向けたワインへ
伝統的には、ガラスで覆ったコンクリートタンクを地下に設置して、ワインを熟成する手法が取られてきました。地下は温度も低く保てるので酸化を抑えた熟成に向いていますし、タンク底部の形状が平たんで広いので澱との接触を効率良く行えるのです。
今では、ベーシックなミュスカデは、ステンレスタンクでの短期間の熟成が主ですが、クリュでは古樽も用いられます。また、スキン・コンタクトを活用したりアンフォラやコンクリート・エッグでの熟成を試みたりする生産者も現れています。
こうようにして生まれた優れた熟成可能性を持つワインは、フレッシュな若い内に牡蠣やシーフードと合わせるという飲み方だけでは無く、ワインそのものの味わいを単体でじっくり楽しむという飲み方ができます。
3. ロゼに泡、伝統の甘口、個性の光る辛口白ワイン~アンジュ&ソミュール
この地区は海洋性の影響がまだ強いです。ロゼが収穫の半分を占め、スパークリングも2割程度に上ります。古くからの歴史ある甘口ワインも有名。そしてきらりと光る辛口のワインもあるという、4地区の中でも特に多様性に富んだ産地です。
シュナン・ブラン
シュナン・ブランはこの産地ではピノー・ド・ラ・ロワールと呼ばれます。サヴァニャンの子供で有ると判っていて、ソーヴィニョン・ブランとは兄弟だろうと推定されています。アンジュが発祥でトゥーレーヌへ繁殖して行ったと考えられています。
ロワール川支流のシェール川を跨ぐ美しい橋が架かる、フランス王アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワティエそしてアンリ2世 の王妃カトリーヌ・ド・メディシスが住んだシュノンソー城。この城に、16世紀初頭には持ち込まれていたと言われています。同時期のルネサンスを代表する作家フランソワ・ラブレーの著書、ガルガンチュア物語にもこのブドウ品種の記載があります。
芽吹きは早く、収穫は遅めです。ですから、ペイ・ナンテでは秋雨の影響を受けてしまいます。逆に春の到来が遅いサントル・ニヴェルネでは十分な生育期間が得られないというわけで、ここアンジュ&ソミュールとトゥーレーヌが最も栽培に適した土地と言えます。
樹勢は強く、収量は多くなりがちです。その為、摘房や台木の剪定によって樹勢を抑えるなどの管理が必要になります。
ボトリティス菌には掛かりやすく、条件が整うと素晴らしい貴腐ワインを生み出します。酸がとても高くて、暖かい産地でも収量が上がっても強い酸を保つことができます。全世界では南アフリカが最大の栽培国。辛口、甘口、スパークリングと多様なスタイルで楽しめるワインです。
ブドウを収穫するに際しては同じ畑に何度も入り、熟した果実を段階的に摘んでいくことも行なわれています。例えば寒い年ならばスパークリングワインに回すブドウが増えます。この細かく分れた収穫作業はトリ (Trie) と呼ばれ、その年の天候、土壌の影響や貴腐菌のつき具合、辛口、中甘口、甘口のどのスタイルのワインを造るかによって細かく収穫日を判断していくのです。4回、5回と分けて収穫をするのも珍しい事ではありません。
アンジュ
コトー・デュ・レイヨン
アンジュ地区にあって、ロワール川支流のレイヨン川右岸の急峻な土地が最高の産地です。シュナン・ブランから造られる中甘口、甘口のワインで有名です。貴腐菌が必須と言う訳では無くて過熟したブドウを使う事もあります。
カール・ド・ショームはコトー・ド・レイヨンの中の飛び地にあります。2011年からプルミエ・クリュとして認められているコミューンで有る、ショームに所在するロワール地域初のグラン・クリュです。
片岩の土壌で育ったシュナン・ブランに貴腐菌が付いたブドウやブドウ樹で乾燥した遅摘みブドウから、甘口ワインを造ります。2019年のヴィンテージより、クリオエクストラクション(ブドウを凍結させて凍った水分を圧搾して取り除いて濃縮果汁を抽出する)という手法は禁止されました。
カール・ド・ショームを代表する生産者のドメーヌ・デ・ボマールは、17世紀に遡る歴史を持ちます。一方、栽培面ではロワールでは類を見ない畝間3メートル、樹高2メートル以上という大型の仕立て(VHL)で太陽の光をふんだんに取り込んでシュナン・ブランの成熟度を高めています。
長い歴史を持つカール・ド・ショームですが、その名前のゆかりは、荘園領主に収穫の四分の一を納めた残りの四分の三を使ったという所から来ていると言われています。
ショームがプルミエ・クリュに昇格するまでは紆余曲折があり、また、カール・ド・ショームと同様に高い評価を得ているボヌゾーにはなんの呼称も与えられていません。ロワールには、このグラン・クリュとプルミエ・クリュの他にはミュスカデのクリュを除いて、秩序だった格付けはありません。
昔ながらの地域コミュニティを大切にして、格付け制度でいらぬ波紋を呼びたくないという声もありますが、少しずつテロワールを意識した格付けが今後広がって行くかも知れません。
サヴニエール
サヴニエールはロワール川の北側、右岸に所在します。南向き及び南東向きの急な斜面にあり、殆どがシュナン・ブランを使った辛口の白ワインを生産しています。他の地域よりも乾燥していて、片岩や頁岩などの土壌と相まって、十分な日照量のお蔭で力強いワインを生みます。収量も低く凝縮感があるワインで、酸味が非常に高く10年を超える長い熟成を経て味わい深いワインになります。野生酵母を使い、マロラクティック発酵はせずに、オーク樽を熟成に使用する生産者が多くみられます。
単独の原産地呼称を名乗るクレ・ド・セランは特に有名。ビオディナミの先駆者のひとりで、熱烈な支持者であるニコラ・ジョリーのモノポール(単独所有)です。90年代迄は殆ど評価されませんでしたが今日では産地を代表する生産者になっています。彼の辛口ワイン造りは、非常に酸が高いシュナン・ブランがフェノール類も含めて完熟して複雑味が高まるを待ちます。その為、遅摘みのブドウの一部に貴腐菌が付いてハチミツの香りを感じると良く言われます。
貴腐菌のはたらき
貴腐菌が付いたブドウは、果皮の孔からの水分が蒸発して、糖分と酸が凝縮して甘くなります。加えて、糖分の中でもグルコース(ブドウ糖)よりも甘いフルクトース(果糖)の比率が増えて、またグリセロールも多く生成されることで甘みを増します。更に貴腐菌が付いたブドウは醸造過程を通してアルデヒド類(はちみつ)や香気成分ソトロンを含めたラクトン類(カラメルやアプリコット)などの数多くの芳香成分を生み出します。
自然派ワイン
ロワールには、いわゆる自然派と呼ばれる生産者が多数います。アンジュ&ソミュール地区の中心の街アンジェでは自然派ワインの盛大なサロンが行われ、ビオディナミの認証機関であるデメターがトレードフェアをするなど、近年のムーブメントを後押しする存在になっています。
そもそも定義がはっきりしなかった自然派ワインを「ヴァン・メトード・ナチュール」という製造方法を定義してINAO(フランス国立原産地名称研究所)に提案したのも、このロワールの生産者達がリードする団体です。
議論の的になっていた亜硫酸の添加量の規定(30mg/L迄の添加と無添加の2種類)も定められ、有機栽培や野生酵母使用の義務付けのほか、逆浸透膜などワインに物理的に大きな負担を掛けるような工程は禁止とされています。
世界的にこの認証が広まっていくかは今後の展開次第ですが、自然派ワインに対する共通の理解を醸成する大きな第一歩となりました。
ロゼワイン
甘口、やや甘口のロゼ・ダンジュが黒ブドウのグロローなどから、またカベルネ・ダンジュが、カベルネ・フランやカベルネ・ソーヴィニョンから造られています。プロヴァンスやローヌと並ぶロゼワインの産地です。20世紀半ばにはロゼ・ダンジュはパリのカフェ文化でも人気でした。高級シャンパーニュのボランジェが脇役として有名な、ジェームズ・ボンドの007シリーズにも登場していたのです。1980年代後半にはアンジュ地区のワインの半分以上をロゼが占めていました。
近年の甘口ワインの凋落や、プロヴァンスに見られる淡い色合いのロゼの主流化を背景にして、一昔前に比べると収穫を早めたり醸しを短くしたりと時代に適応しているようです。ロゼワインで甘口にする場合、つまり残糖を残すには、全ての糖がアルコールに変換される前に温度を下げ、発酵を途中で停止する手法が一般的です。
ソミュールとスパークリングワイン
ソミュールはアンジュの上流にあります。この産地はシュナン・ブランなどの品種を用いた瓶内二次発酵のスパークリングワインが有名です。AOCは、クレマン・ド・ロワールとソミュール・ムスーを押さえておきましょう。
クレマン・ド・ロワールはソミュール・ムスーよりも収量は厳しく、香ばしい香りを生む澱との接触時間も長くなります。シャンパーニュより少し手軽に泡を楽しみたいときの普段使いには、お薦めです。
ムスーはフランスのスパークリングワインの総称で、一般的には瓶内二次発酵で造られるもの、タンク(シャルマ)方式で造られるものがあります。ムスーよりも弱発泡のものはペティアンと呼ばれます。
この内、クレマンは瓶内二次発酵を行うスパークリングワインの事で、シャンパーニュ以外のフランス国内で生産されるものに使われる総称です。シャンパーニュに準じた全房圧搾、最大収量や熟成期間など様々な規定があります。
ガス圧は、ざっくり言えばシャンパーニュは5~6気圧、クレマンが3.5気圧程度、ペティアンが2.5気圧程度と思って、食事やTPOに併せて選ぶと良いです。
少しややこしいのですが、ペットナット(ペティアン・ナチュレル)と呼ばれる弱発泡のスパークリングワインも、ロワールの自然派ワインの中に見かけます。製法は田舎製法と言って二次発酵はせずに、通常の発酵をして残糖が残った状態で瓶詰めをし、瓶内で引き続き発酵をするので、いくらか残糖が残る場合が多いのです。
スパークリングワインの印象が強いのがこの産地ですが、カベルネ・フランの赤ワインを産出するソミュール・シャンピニが注目株です。低アルコールで、バーや気軽なビストロで楽しまれる安価なワインの印象が強かったのですが、2000年代に入ってからビオディナミの造り手、クロ・ルジャールのカルト的な人気とそれに続く、造り手たちの活躍が産地の評判を押し上げました。低収量、最低限の人的介入、オーガニック栽培に加えて野生酵母の使用、新樽活用や無濾過などの醸造手法により、骨格も凝縮感もあるワインを生み出します。
トゥーフォー(Tuffeau)とは?
アンジュ&ソミュールとトゥーレーヌの土壌ではトゥーフォーが良く知られています。建築にも活用され、また、ワインの熟成用のセラーにも使われています。9千万年前の白亜紀に形成された柔らかく多孔質の石灰岩で、海洋性の化石を含んでいます。白色のトゥファーと、もっと柔らかく砂質の多い黄色のトゥーフォー・ジョーヌがあります。
イタリアのウンブリア州のオリヴィエート周辺のトゥフォ (Tuff) は火成岩で異なる性質です。一方、トゥファ(Tufa)は石灰岩ですが炭酸カルシウムの凝結によるもので、イタリアのトスカーナ州のモンタルチーノで見られます。綴りは似ていてもロワールのトゥーフォーとは異なる土壌です。ややこしいですね。
大切なのは、ロワールのトゥーフォーは栽培上とても有利なことです。ブドウの根の周りから余分な水分を吸収して、一方で必要な水分はゆっくりと蒸散させていくので、乾燥した時期でも水分を保つことができるのです。
4. ジャンヌ・ダルクと赤ワイン~古城めぐりも楽しいトゥーレーヌ
大分、ロワール川の内陸に入ってきました。海洋性気候が大陸性気候に重なり合う地区でヴィンテージの影響が大きい地区です。
ロワールで唯一赤ワインの生産量が白ワインなど他のスタイルよりも多い地区です。一方、シュナン・ブランから造られる白ワインのスタイル(辛口、中甘口、甘口とスパークリングワイン)による生産割合は、毎年の天候状況に大きく依存します。
また、この土地ほど、クラシックなワインツーリズムを楽しむことができるワイン産地は世界にも例をみないでしょう。先ずは代表的なカベルネ・フランの赤ワイン、シノンを楽しみながら訪れたいのがシノン城。1492年にジャンヌ・ダルクが後に正式にフランス国王になるシャルル7世に謁見して、フランスのヴァロア朝とイングランド王国のプランタジネット朝の100年戦争の終結に道筋を付けた歴史的な遺産です。
ロワール川を遡って行けばシュナン・ブランから造られる多様なスタイルのワインの産地、ヴーヴレを北岸に見ながら、南岸にはフランスのルネサンスを開花させた国王フランソワ1世が、1516年にダ・ヴィンチを招いたアンボワーズ城。そのダ・ヴィンチが考案したとも言われる二重らせん階段があるシャンボール城。更に上流へ向かえば、北側にイングランド軍に包囲されたオルレアンがすぐです。フランス軍を率いたジャンヌ・ダルクが勝利を収めて解放した街です。
美女と野獣の童話の原作のモデルとも言われているユッセ城にも、時間が有れば足を延ばしましょう。
カベルネ・フラン
ロワールの黒ブドウといえば、カベルネ・フランです。この品種はボルドーに古くから生育する品種ですが、最近のDNA分析や歴史的な研究では、スペインのバスク地方に起源を持つとされています。
シノン近郊生まれのフランソワ・ラブレーがガルガンチュア物語の中で別名のブルトン(BRETON)の名を使ったのが、ロワールのカベルネ・フランについての最初の記載との説があります。
また、ブルボン朝の国王ルイ13世の宰相を務めたリシュリュー枢機卿が、1631年にボルドーからシノンのブルトン大修道院長に送り、シノンとブルグイユに植樹されたとも言われています。現代使われているカベルネという表現が見られるのは、1823年になってからです。
一昔前のカベルネ・フランは、香気成分であるメトキシピラジンが原因でピーマン香がきつくて痩せたボディのものが多かったです。近年は、温暖化の影響もあって果実味が前に出たようなワインも造られる様になりました。
そもそも、ボルドー・サンテミリオンの格付けの頂点にあったシュヴァル・ブランやオーゾンヌではカベルネ・フランは主要品種です。このブドウは素晴らしいワインになる可能性を大いに持っています。
ボルドーでは、カベルネ・ソーヴィニョンやメルロとのブレンドが造られますが、ロワールでは基本的にはヴァラエタルのワインです。カベルネ・ソーヴィニョンよりも芽吹きも収穫も早いブドウ品種ですから、ロワールの冷涼な気候に上手く適応して広く栽培されてきました。
シノンとブルグイユ
シノンとブルグイユがロワールのカベルネ・フランを代表するAOCです。シノンはロワール川の南側、左岸にブルグイユは、ロワール川の北側、右岸に向かい合っています。
シノンはロワール川に近い地域の砂質や砂利質土壌では軽めでフルーティ。ロワール川支流のヴィエンヌ川流域の丘陵地帯の南向き斜面の粘土、石灰質の土壌ではボディが豊かで長期熟成に向くワインも造られます。軽めのワインの醸しは短めに、長期熟成向けのワインは長く醸します。
ブルグイユは、シノンよりも栽培面積は狭く、シノンよりも一般的には力強いワインを産出すると言われています。AOCサン・ニコラ・ド・ブルグイユはブルグイユと隣り合っていて同質のワインを産出します。これら2つのアペラシオンを合わせればシノンとほぼ同じ栽培面積になります。
ジャンヌ・ダルクやフランソワ・ラブレーといった著名人がシノンとの関係性が強いこともあってか、日本ではシノンの方が知られているのではないかと思いますが、フランスでは両アペラシオンは拮抗した人気です。
ヴーヴレ
このアペラシオンはシュナン・ブランを多彩なスタイルで使う、フランスに於ける代表産地と言って良いでしょう。ロワール川の北岸にあり、発泡性のワインが半分程度を占めます。水はけの良い川沿いの丘陵地で栽培された成熟度の高いブドウは、マロラクティック発酵をせずに、ステンレスタンクや古樽で熟成させて、果実本来の味わいを大切にする造りが伝統的です。
大陸性気候の影響もあって、甘口はカール・ド・ショームの様に毎年安定的に貴腐菌が付くわけでは無いので、遅摘みや過熟、乾燥させたブドウで造るモワルー(中甘口)のワインがポピュラーです。ですので、甘口ながらブドウ品種本来の特徴を良く残すと言われています。
また、辛口でもヴーヴレは残糖がいくらか有るものが見られますので、レストランでの食事とのペアリングの時には頭に入れておきたいところです。
5. ライバルはニュージーランドかブルゴーニュか?~サントル・ニヴェルネ
この産地は、ロワール上流の東のはずれにあり、ブルゴーニュへの距離は他のロワールの産地と比べても近く、土壌もシャブリ、シャンパーニュへ続くキンメリジャン土壌が特徴になっています。サンセールはロワール川の左岸、プイィ・フュメは右岸に隣り合っていて、共にソーヴィニョン・ブランで有名な産地です。降雨量は750mm程度です。
中世の時代、この地区はシャブリやコート・ドールと共にディジョンを首都とするブルゴーニュ公国の影響下にあったときがあります。それもあってか、ブルゴーニュのようにテロワールへのこだわりが飛び切り強い生産者も少なくありません。野生酵母の活用、古樽を使い、ブドウ品種よりも土地の個性にこだわる生産者にも出会える地区です。
19世紀初頭くらいまでは、サンセールではピノ・ノワールなどの赤ワインを中心に生産されていました。そして、白ワインもソーヴィニョン・ブランだけでなくて、今ではプイィ・シュル・ロワール辺りにしか見られないシャスラなどの他品種も栽培されていました。それがフィロキセラの襲来によって耐性を持つ台木との親和性が高いソーヴィニョン・ブランが多く栽培される事になったのです。
ソーヴィニョン・ブランが世界的にも有名になって栽培面積も大幅に増え始めるのは20世紀も半ばになってからです。
ソーヴィニョン・ブラン
ソーヴィニョン・ブランは樹勢が強いブドウ品種で、香り高いアロマティック品種。草木やハーブの香りを感じさせるメトキシピラジンや、グレープフルーツやパッションフルーツの華やかな香りを生むチオール化合物が豊富なワインになります。酸が高く、ステンレスタンクや古樽で発酵させます。現在では、ブドウの成熟度が上がり、ハーブ香や猫のおしっこの様な香りは減りました。芽吹きは早めから中庸。サンセールもプイィ・フュメもいずれも植栽密度はヘクタール当り6000本程度で、ギョイヨ若しくはコルドン仕立てで栽培されています。
小さな実が小さな房に成りますので貴腐菌にかかりやすく、ロワールでは単一品種の辛口ワインが造られますが、ボルドーでは、セミヨンとのブレンドの辛口と甘口の両方が有名です。
ニュージーランドのスタイルとは異なり、果実香もトロピカルフルーツでは無く、柑橘系果実やハーブ香などが中心でしたが、ニュージーランドのスタイルが世界で流行するにしたがって、似通ったものも造られてきました。その反動もあって、テロワールへの回帰が昨今のトレンドになっています。
サンセールでの土壌ですが、キンメリジャン、粘土石灰質はテール・ブランシュと呼ばれます。そして、主に石灰岩からなるレ・カイヨット土壌。火打石を含んだシレックス土壌からできるワインは厳格な印象を受けます。
近年は高級品として単一畑名を訴求するワインを生産する造り手が増えてきました。サンセールでは格付けは行われていませんが、どの畑が素晴らしいかはこのワイン産地の愛好家には明確です。
ヴィラージュ級(村名格)の品質を誇るシャヴィニョルとビュエ、更にその中でも格別な、単一畑の急峻な斜面にあるモンダネ、クル・ドゥ・ボージュ、マルシャン。この辺りを知っておけば、ブルゴーニュの格付けワインを選ぶようにワインリストを眺めることができます。
昨今の温暖化の影響で注目され始めているのが、ピノ・ノワールです。以前は酸が目立って軽い印象でしたが、ブドウの熟度も上がり高品質でコスパが良くなってきました。グラスで気軽に飲めるものだけでなく、収量を抑えて厚みのあるワインを造る生産者も出て来ています。
プイィ・フュメは、シレックス土壌を共有しているサンセールのソーヴィニョン・ブランのワインと同様に、スモーキーな特徴が出ると言われます(「フュメ」は「スモーキーな」の意味のフランス語)。
ソーヴィニョン・ブランのこの地でのシノニムはブラン・フュメと言います。カリフォルニアのワインの父、ロバート・モンダヴィが1960年代にアメリカで、全く人気の無かったソーヴィニョン・ブランをこの産地からの着想も得て、単一表示名ワインの先駆けとなるブランド「フュメ・ブラン」を確立したのは有名です。「フュメ・ブラン」は、のちに彼の地でソーヴィニョン・ブランの別名にまでなりました。
産地の歴史は古く、中世にはベネディクト派の庇護を受けて12世紀には既に有名な産地となり、17世紀以降の運河の建設や鉄道網の整備でパリの需要に応えていたと言われています。残念ながら20世紀後半には栽培面積も広く、産地の景色も見栄えがするサンセールの方が人気になってしまいますが、サンセール、プイィ・フュメのどちらの畑も使って、そのいずれからも素晴らしいワインを造る生産者は珍しくありません。
そうした素晴らしい生産者の中には、収量を絞り挑戦的なワイン造りをして注目されていた矢先に若くして亡くなったディディエ・ダグノーや、惜しまれて引退して伝説となったエドモン・ヴァタンがいます。また、中世に遡る屈指のワイン造りの歴史をもつジェラール・ブレやアルフォンス・メロ。そして、新進気鋭の新しい息吹を吹き込むセバスチャン・リフォーなど、まさに古きに学び、新しきを知るという温故知新の産地です。
6. まとめ
多様性に富むロワールのワインを駆け足で学んできましたが、大切なポイントは頭に入りましたでしょうか。
美しい古城巡りをしている気分になってワインリストを眺めて、最初の乾杯の一杯にクレマン、シーフードと共にミュスカデ、そしてチキンにコクのあるソーヴィニョン・ブランかポークに酒質の向上著しいトゥーレーヌの赤ワイン。そしてコトー・ド・レイヨンをデザートとあわせてみる。中世の昔に想いを馳せて旅情に浸りながら、ぜひワインを楽しんでください。