ジュヴレ・シャンベルタンは、フランスのブルゴーニュにある、ピノ・ノワールから造る高級赤ワインの産地です。コート・ド・ニュイ最大の面積を持ち、グラン・クリュの数でも最多。
ワイン初級者にもなじみがあるワインである一方で、ワイン通も真に愛するワインを見つけられる産地。ワインの王、王のワインと言われるグラン・クリュ、シャンベルタンは余りにも有名ですね。色合いも濃く、タンニンもしっかり。骨格がしっかりしていますから、熟成が楽しみなワインの筆頭格でもあります。
近年、ブルゴーニュのワイン価格は大幅に高騰。その上、円安が追い打ちを掛けて、ますます庶民には手が届きにくくなってしまいました。それでも、ブルゴーニュでは、せめて赤ワインでしたら、このジュヴレ・シャンベルタンのワインは、一度は飲んでおきたいもの。
村名ワインのジュヴレ・シャンベルタンでも、小売価格で5千円を切ったものを探すのはとても難しくなりました。はずれを選ばないように、畑、区画名や生産者に気を付けるとなると、1万円は下らないということになります。なおさら、良く勉強して、おいしいものを飲みたいところ。そんなあなたのお役に立てる今回の記事です!
【目次】
1. 赤ワインのグラン・クリュ最北地、ジュヴレ・シャンベルタン
2. ジュヴレ・シャンベルタンは村の名前かアペラシオンか?
3. 押さえておこうブルゴーニュの格付け
4. クリマとリューディ
5. ジュヴレ・シャンベルタンで育つブドウ
1. 赤ワインのグラン・クリュ最北の地、ジュヴレ・シャンベルタン
ジュヴレ・シャンベルタン最寄りの都市、ディジョンは、北緯47度。日本で言えば北海道の稚内よりもまだ北です。ブルゴーニュで、赤ワインのグラン・クリュがある最北地がジュヴレ・シャンベルタン。引き締まった酸、骨格がしっかりしたワインが生まれてくるわけですよね。
年間降雨量は約750ミリ。平均気温は、10.5℃程度です。1月は最も寒くて、最高平均気温が、5度弱。最低平均気温は氷点下になります。そして、8月の最高平均気温は、25℃程度で平均最低気温は、14℃です。これが、10月になると、急に冷え込み、最高平均気温は、15℃で、最低平均気温は、7℃ちょっとまで落ち込みます。
冷涼な大陸性気候で、日較差が大きく、糖度が上がっても酸が落ちないという自然の恩恵を受けます。一方で、春の遅霜の被害には悩まされることが多く、昨年2021年の4月には何十年かに1度ともいわれる厳しい霜害に見舞われました。生産者は、蝋燭や防霜などによる対策に追われました。
日照時間は、年間平均1,900時間ほど。でも、他のワイン産地と比べて飛び切り恵まれているわけではありません。日本のワイン産地、山梨は2013年に日本一位の2,500時間ほどを記録しています。しかし、それでも、山梨の夏場7月の日照時間は、190時間ほど。一方、ディジョンは、260時間。
ジュヴレ・シャンベルタンは、夏は乾燥していて日照時間も長く、冬は良く雨が降るといった、メリハリある気候なので、ブドウの生育に向いているのです。また、地球温暖化の影響で夏が酷暑で大変といっても、30℃を超える気温が特筆されるレベル。連日のように、30℃を超える日が続くわけではありません。光合成による糖分の生成も気温が高すぎると効率が落ちてしまいます。暑ければ良いというわけでは無いのです。
2. ジュヴレ・シャンベルタンは村の名前かアペラシオンか?
ジュヴレ・シャンベルタンのアペラシオンには実は、北の隣村、ブロションまでが、含まれています。このブロションですが、南部はジュヴレ・シャンベルタン、北部は広域のコート・ド・ニュイ・ヴィラージュのアペラシオンにそれぞれ属しています。また、北部には、お隣のアペラシオン、フィクサンのプルミエ・クリュと認められている畑もあります。
ですが、残念。ブロション村としては、アペラシオンは認められていないのです。19世紀までディジョン向けのガメイで造った安ワインを生業として、周囲がピノ・ノワールのワインで高級路線を歩む中、時代の波に乗り遅れてしまったようです。
さて、ジュヴレ・シャンベルタンのワイン造りの歴史は、ローマ時代にまで遡ります。2008年に宅地開発で掘削していた所、1世紀のブドウ畑の痕跡が見つかっています。当時活躍した、著述「博物誌」で有名な大プリニウスの提案に沿った植樹がされていたと言います。
640年にアマルゲール公爵が、その10年前程に開かれたベネディクト派の、ベーズ修道院に土地を与えます。まずは、最初にグラン・クリュ、クロ・ド・ベーズゆかりの史実が歴史に登場するのです。
中世の12世紀には、ベネディクト会修道院のクリュニー修道院が多くの畑を所有します。クリュニー修道院はとても勢力が強く、ここジュヴレ・シャンベルタンでは、クロ・ド・ヴージョを所有していたシトー派は目立った存在ではありませんでした。
そして、いよいよシャンベルタンという名称が13世紀に登場。修道士ベルタンの畑というのが起源です。
さらに、この産地を有名にするのに貢献したのは、18世紀の商人、クロード・ジョベール。ネゴシアンとして成功を納め、シャンベルタンとクロ・ド・ベーズに畑も所有します。そして、自分の名前まで付けて、クロード・ジョベール・ド・シャンベルタンという名称でワインを販売。その悪乗り(?)のお陰も有って、この素晴らしいワインは、ヨーロッパ中に広く知られるようになります。
村が今の名称になるのは、1847年。有名だったシャンベルタンの名前にあやかって、ジュヴレ・アン・モンターニュからジュヴレ・シャンベルタンにフランス国王、ルイ・フィリップ1世の政令で、改名されました。
3. 押さえておこうブルゴーニュの格付け
ジュヴレ・シャンベルタンのヴィラージュのアペラシオンは450ヘクタールほどの栽培面積。その中に、26のプルミエ・クリュ、90ヘクタール弱が含まれます。
そのプルミエ・クリュの中でも、レ・カズティエとクロ・サン・ジャックは格別なワイン。グラン・クリュのワイン名をすべて憶えられなくとも、この2つは必ず憶えておきたい畑です。
そして、ジュヴレ・シャンベルタン村には9つのグラン・クリュがあります。このグラン・クリュのアペラシオンは、ジュヴレ・シャンベルタンのヴィラージュ・アペラシオンとは別に定められています。グラン・クリュ街道に沿った、斜面の中腹、240メートルから300メートルの東向き斜面に、畑が広がります。
グラン・クリュの中でも、トップはやはり、シャンベルタンとシャンベルタン・クロ・ド・ベーズ。クロ・ド・ベーズだけが、グラン・クリュの中でも、シャンベルタンの名前をラベル表記の最初に記載。そして、クロ・ド・ベーズは、シャンベルタンの名称でも販売できます。逆に、シャンベルタンはクロ・ド・ベーズの表記は使えません。
この2つのグラン・クリュと対にして憶えておくと良いのは、シャルム・シャンベルタンとマゾワイエール・シャンベルタンです。マゾワイエール・シャンベルタンは、シャルム・シャンベルタンを名乗ることができます。この2つのグラン・クリュは、面積が広いことも去ることながら、グラン・クリュ街道の東側に立地していて、平坦な土地も含みます。ですので、他のグラン・クリュと比べると弱含みの評価が付くことも。
改めて、9つのグラン・クリュの畑名を以下列挙しておきます。
- シャンベルタン
- シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ
- マジ・シャンベルタン
- シャペル・シャンベルタン
- グリオット・シャンベルタン
- ラトリシエール・シャンベルタン
- リュショット・シャンベルタン
- シャルム・シャンベルタン
- マゾワイエール・シャンベルタン
今の、ブルゴーニュの格付けの先例を作ったジュール・ラヴァル博士。シャルム・シャンベルタン、マゾワイエール・シャンベルタンとラトリシエール・シャンベルタンよりも、プルミエ・クリュのレ・カズティエやクロ・サン・ジャクを概ね高く評価していました。この2つは、プルミエ・クリュの中でも、別格。もしかしたら、揃ってグラン・クリュ入りしていたかも知れません。他のブルゴーニュで言えば、シャンボール・ミュジニーのレ・ザムルーズや、ヴォーヌロマネのクロ・パラントゥと同じように賞賛される偉大な畑です。
その下のクラス、ヴィラージュになると玉石混交が目立つようになります。特に、「間違った側の県道74号線」と揶揄される東側の畑は、厳しい目で、リューディ(区画)や生産者を見ていく必要があります。ラ・ジュスティスは、その中でも評価が安定しています。県道を超えた立地の半分ほどの畑は、広域アペラシオンのワイン造りに供されます。
一方、同じヴィラージュでありながら、北部のプルミエ・クリュに囲まれたリューディには、目を見張るものも。大手ネゴシアンのボワセが初めてジュヴレ・シャンベルタンに自社畑を選んだ、レ・エヴォセルなどは、ヴィラージュでありながら、力強く、薫り高いワインを産出します。
4. クリマとリューディ
ブルゴーニュのワインを選ぼうとするときに、この2つの単語に悩まされることはありませんか?クリマは、ずいぶんと歴史が古いものです。一方のリューディは登場してから、まだ日が浅い言葉です。
クリマは、中世の時代にその起源が遡ります。ブドウ以外の農作物にも使われましたが、ブルゴーニュで、修道士やワイン商などが広めて定着。土壌や気候的に異なった、特徴ある優良なワインが産出される栽培区画という意味合いに落ち着いていきます。そして、クリマは実質、1930年代半ばのアペラシオン制定の折に、クリュ格付けの中に織り込まれていきます。2015年に、クリマはユネスコの世界遺産にも認定されました。
一方、リューディは、もとは土地の登記に関わる行政的な単位で、歴史的にはナポレオンの時代が起源。ヴィラージュや、更に広域のリージョナルのワインのラベル表記に追記される場合があります。因みに、ジュヴレ・シャンベルタンには、60を超えるリューディがあります。
そうは言うものの、この2つの言葉は一般的なワインの話をしている時には、同じような意味で使われることが多かったのが実情です。
ちょっと、ややこしいのは、一つのクリマがいくつかのリューディを含むこともあり、また逆もあるという事です。ジュヴレ・シャンベルタンで言えば、例えば、リューディのラ・ボシエールはプルミエ・クリュですが、それは、ほんの一角のアルマン・ジョフロワのモノポールだけ。リューディの残りの畑はヴィラージュ扱いになります。
また、複数のリューディを含むクリマとしては、例えばシャペル・シャンベルタンやマジ・シャンベルタンが挙げられます。しかし、エシャゾーやクロ・ヴージョで便宜的に使われる以外は、グラン・クリュではリューディの名前は通常、用いられる事はありません。
ヴィラージュのワインを選ぶ場合に、「さてどうしたら良いものか?」と悩んだ時には、リューディの表記が有るものを探してみるのは、ワイン選びの一つのヒントになるかも知れません。
5. ジュヴレ・シャンベルタンで育つブドウ
栽培
ジュヴレ・シャンベルタンで使用されるブドウはもちろん、ピノ・ノワール。ですが、畑で混植されている場合は、15%までは補助品種として、シャルドネ、ピノ・ブラン、ピノ・グリの栽培がアペラシオンの規則上は、認められています。
ピノ・ノワールは、芽吹きは早くて成熟も早いブドウ品種。冷涼な地域で、ゆっくりと成熟することで、高品質なブドウを生みます。遅霜や花ぶるいに被害を受けやすく、ベと病や、灰色かび病にも掛かりやすい手の掛かるブドウです。そして、収量が一定に抑えられていないと品質への影響が出やすい繊細なブドウです。
ヘクタール当たりの栽培密度は、1万本と高く、ブドウ樹一本当たりの収量を抑える一方で、単位面積当たりの収穫を最大にします。仕立ては、ギュイヨ、コルドンなどの垣根仕立てを活用。ボワセ・グループのドメーヌ・ドゥ・ラ・ヴジュレは、かなりの高密植を採用していて、若木ではヘクタール当たり、1万4千本近くの栽培区画があるようです。畑作業には相当手間暇が掛かりそうですね。こうした環境の中にあっても、オーガニック栽培やビオディナミへの取り組みに、昨今、拍車が掛かっています。
ヘクタール当たりの収量は、アペラシオンの規定上は、ヴィラージュでは50ヘクトリットル、プルミエ・クリュでは48ヘクトリットル。グラン・クリュでは42ヘクトリットルです。しかし、実際は、摘房も行われ、ヴィラージュのワインでも40ヘクトリットル程度の収量に抑え、グラン・クリュでは30ヘクトリットル台まで収量を落として、凝縮度の高いワインを造る生産者も。オークチップで樽香を付けるような事はもとより灌漑も許されていません。流石、伝統的な高品質ワインの代表産地ですね。
ブルゴーニュは、ブドウが十分な熟度を得る為にはギリギリの気候で、補糖はつきものでした。因みに、プルミエ・クリュは、最低アルコール度数、11%が規定されています。補糖は可能ですが、潜在アルコール度数が13.5%を超えることは許されません。しかし、最近、特に2018年のヴィンテージ以降は、温暖化の影響でブドウの熟度が上がり、今年、2022年のヴィンテージも十分な熟度が得られた様です。
高級ワインと思って購入している消費者からすると、糖度を上げるために砂糖をたっぷり追加しているのは、少し残念な気持ちもするのでは無いでしょうか。また、補糖で、アルコールは上がっても、果実の凝縮度は薄まってしまいます。そうした意味合いでは、近年の温暖化も、この点に限って言えば、悪くは無い現象と言えるのでしょうか?
ブルゴーニュでは、昔はマーサルセレクションによる栽培が行われていました。しかし、病害が広まり、1960年代から70年代にクローンが導入されました。数種類のクローンを混植するのが、一般的な手法です。777や828が114や115に加えて良く活用されているようです。台木は石灰岩への耐性がある、リパリアとベルランディエリの交雑の161-49やFercal等も用いられています。
最近は、病害や温暖化の影響も加味して、若干収量が多くしたい傾向があるようです。
また、クローンによる生育に満足できず、マーサルセレクションに取り組み、台木の研究に余念の無い生産者もいます。
カリフォルニアのカレラというワイナリーをご存じでしょうか?2022年に亡くなった、偉大な創業者のジョシュ・ジャンセン。彼が、ロマネ・コンティで働いていたことがあるので、カレラにその苗木を植えたという伝説が信じられています。この「カレラ・クローン」は、カリフォルニア大学デイヴィス校が設立した、クローンの研究・開発や販売を行っているファンデーション・オブ・プラント・サービスで、FPS90及びFPS96 として登録されています。そして、なんと、ロマネ・コンティでは無く、「シャンベルタンのそばの畑」が起源だと記載されているのです。それでも、いまだにロマネ・コンティが起源だと根強く信じる人たちも少なくありません。天文学的な価格になってしまった、ロマネ・コンティへの憧れは、とてつもないものですね。「シャンベルタンのそばの畑」だって、決して悪くはないと思うのですが…
醸造
近年の醸造手法では、除梗や新樽の使い方で変化が見られます。もちろん、今でも100%除梗をする生産者もいますが、温暖化によって梗が良く熟してくれることもあって、全房発酵の割合を増やす生産者が良く見られます。ワインにフレッシュさや複雑性を加え、アルコール度数を若干抑えるのに有効とも言われています。
また、果実味をテロワールの味わいとして前面に打ち出したいという近年の傾向から、新樽の使用率は落ちてきました。ヴィラージュのワインでは、新樽率20%から30%程度。プルミエ・クリュでは、50%程度。グラン・クリュでは、ドメーヌによっては100%の生産者もいますが、50%以下に抑える生産者も少なくありません。また、野生酵母の使用は普通になっていて、亜硫酸添加も最低限にするという生産者も増えています。
低温浸漬で薄くなりがちなピノ・ノワールの色素を抽出、発酵後の醸しでタンニンを抽出、そして滑らかな触感に仕上げる、手間暇と時間をかけたワイン造り。味わいの伝統的なスタイルは、しっかりしたタンニンを持った筋肉質。濃い色合いで、赤系果実だけでなくて、黒系も顔をのぞかせる、ジュヴレ・シャンベルタン。
一方で、ワインの繊細さ、エレガンスを失わないように抽出し過ぎないのが、最近のブルゴーニュ全般としての傾向です。ジュヴレ・シャンベルタンのワインの中には、もちろん、エレガントさを感じる繊細なものにも出会います。でも、そんな中にも鋼のような骨格を感じて、やはり、ジュヴレ・シャンベルタンのワインだなぁと、感じていただけると思います。