きりっと冷やして夏に飲みたい、ロワール地方の軽快な白ワイン「ミュスカデ」。シャブリなどに比べるとあまり知名度は高くはありませんが、そのぶん手頃で美味しいワインが多く、歴史あるフランスのワイン産地の中でもねらい目のワインともいえます。魚介類や和食にも合うフードフレンドリーなワインは、日本人としてはぜひ押さえておきたいところです!
【目次】
1. 海のワイン、ミュスカデの香りや味わいの特徴
2. ロワールに根付いたムロン・ド・ブルゴーニュ
3. 産地の気候とブドウの特徴
4. ミュスカデの魅力を引き出すシュール・リー製法
5. ミュスカデの4AOCとクリュ・コミュノー
6. ミュスカデに合う料理・おすすめペアリング
7. ミュスカデのまとめ
1. 海のワイン、ミュスカデの香りや味わいの特徴
ミュスカデは、ロワール渓谷のペイ・ナンテ地区から造られる極辛口の白ワイン。「海のワイン」と呼ばれるとおり、キリッとした酸や塩味を伴う涼し気な味わいが魅力的です。ムロン・ド・ブルゴーニュ(またはムロン)という品種が原料ですが、慣例としてブドウ品種の意味で「ミュスカデ」を使うこともあります。香りは控えめで品種の特徴が前面に出るワインではないですが、アルコール度数も約12%と低めで冷涼感があり、そこはかとない繊細さやミネラル感が身上のワインです。後述するようにシュール・リー製法により生み出される旨味や独特の風味を持ち、食事に合いやすいフードフレンドリーなワインでもあります。同じ白ワインだと、シャブリや甲州と系統的には似ているかもしれません。
魅力なのは、その手ごろな価格。スーパーやワインショップで1,000円台から購入できるため、普段飲み用ワインとしてもおすすめできるだけでなく、その繊細な風味はガストロノミーにもぴったりのワインです。パリやイギリスでは、廉価版シャブリとして1980年代に大ブレイクし、ミュスカデの生産面積も3倍に増えました。しかし1990年代には人気が低迷し、今でもその品質の割に心配になるほど安価で、過小評価されたワインともいえます。現在は、ミュスカデのテロワールを表現しようという流れが進み、すっきり爽快なタイプだけではなく、凝縮感のある熟成向きのミュスカデも造られています。
2. ロワールに根付いたムロン・ド・ブルゴーニュ
ミュスカデワインの品種はムロン・ド・ブルゴーニュという通り、実はブルゴーニュ原産。ピノ・ノワールとグエ・ブランの掛け合わせ、つまりシャルドネの兄弟なのです。同じくブルゴーニュ原産のピノ・ブランとも似ているため、カリフォルニアやオーストラリアでは過去にピノ・ブランと誤認されていました。
ブルゴーニュにも現在ほとんど残っていない品種が、なぜロワールで栄えたのか。そこには、地形や気候が大きく関わっています。海のそばにあるロワール川河口は古くから貿易がさかんで、さまざまなブドウが持ち込まれました。ロワールでのブドウ栽培の歴史を紐解くと、1世紀にはナント周辺にローマ人がブドウを植えた記録が残っています。その後修道院などの教会勢力によりブドウ畑が発展、陸路より海路による輸送が主だった中世フランスでは、ロワールのワインはボルドーに次ぐ国外輸出量を誇っていました。ナント周辺も黒ブドウを中心にブドウ栽培が繁栄しましたが、18世紀初頭の凍害によりブドウ品種が全滅。そこで生き残ったのが、ブルゴーニュ地方から持ち込まれた、寒さに強いミュスカデだったのです。大西洋で獲れる海の幸と寄り添う軽快な辛口スタイルは地元で愛されるようになり、1936年にはフランスでも最も古いAOCとして認定。ロワールを代表するワインとなったのです。
ミュスカデというと、ミュスカ(マスカット)やミュスカデルと混同しがちですが、全く別の品種です。ミュスカはミュスカデと違い非常に華やかなアロマをもつブドウで、南フランスやアルザスなど世界中で栽培されています。ミュスカデルはボルドー原産のブドウ品種で、ソーヴィニヨン・ブランやセミヨンと一緒にブレンドされることの多い品種です。
3. 産地の気候とブドウの特徴
北緯47度と北に位置するロワール渓谷は冷涼な地域。フランス最長のロワール川沿いには4つの産地(ペイ・ナンテ地区、アンジュ―&ソミュール地区、トゥーレーヌ地区、サントル・ニヴェルネ地区)があり、気候風土は大きく変わります。大西洋に面したペイ・ナンテ地区は、海洋性気候の影響を受け、夏と冬の気温差が少ない比較的穏やかな気候。ですが年間降水量は約800mと多めで、春先や秋の雨も多いため、適切な栽培管理が大切になります。土壌は片岩質、片麻岩質、花崗岩や沖積土壌などさまざま。水はけが良い土壌が、湿度の多いペイ・ナンテ地区では重要な役割を果たしてくれます。
比較的早熟で寒冷に強いミュスカデはロワールでの栽培に向きますが、粒がギュッと詰まっているため、ベト病や灰色カビ病には弱い品種。元来酸が控えめな品種であるため、9月中に収穫して酸を保つのが基本です。早めの収穫は、秋雨のリスクを防ぐこともできます。また、この地域で大きな問題になるのが春霜。ミュスカデは芽吹きが早いため、たびたび霜害にやられています。記録的な霜害が起こった1991年には生産量が3分の2に激減し、当時ミュスカデが大流行していたイギリスのマーケットでも、新世界の安価でフレッシュな辛口ワインとの競争が激化。このミュスカデ人気の陰りが、AOC階層化などテロワールを重視するワイン造りへの流れの転換となっていきました。
4. 魅力を引き出すシュール・リー製法
香りや味わいに特徴の少ないミュスカデのワインに伝統的に用いられてきたのが、シュール・リー製法。シュール・リー=澱の上という意味のとおり、発酵終了後に澱引きをせずに、ワインと澱を接触させていた発酵槽から直接瓶詰する方法です。「シュール・リー」とラベルに表示する場合、収穫の翌年の3月1日から11月30日の間に瓶詰しなければならないという規定があります。ミュスカデでは、地下に置かれた、内側をガラスで覆ったコンクリートタンクが昔から使われてきました。低温に保たれた地下セラーでは、ワインを澱と一緒に寝かせ、フレッシュさを保ちながらも澱由来の旨味や厚み、複雑さをプラスすることができるのです。また澱引きしないと、二酸化炭素がワインに溶け込み微発泡が残ることもあり、さらに爽快な飲み心地を与えてくれます。
このシュール・リー製法を見事に応用し独自のスタイルを築いたのが、甲州ブドウ。ミュスカデと同じく香りが控えめで繊細な甲州に、澱の効果をプラスするシュール・リー製法は見事にはまり、いまではシュール・リーは辛口甲州の代名詞となっています。
5. ミュスカデの4AOCとクリュ・コミュノー
「ミュスカデ」を名乗るAOCには以下の4つがあります。すべて主要品種はムロン・ド・ブルゴーニュです。
- ミュスカデ
- ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌ
- ミュスカデ・コトー・ド・ラ・ロワール
- ミュスカデ・コトー・ド・グランリュー
一番ベースにあるのがAOCミュスカデ。ほかの3つのAOCが収量55hl/haであるのに対し、ミュスカデは70hlと多く、またシャルドネの使用が10%認められています。
栽培面積が6000haと最も広く、この産地の3分の2を超える生産量を占めるのが、「ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌ」。日本でもミュスカデといえば、セーヴル・エ・メーヌというほど高い知名度を誇ります。セーヴル河とメーヌ河周辺の23の村で造られるワインに認められる原産地呼称で、4種類の中でも最も秀逸だとされています。
残る2つのアペラシオンが、AOCミュスカデ・コトー・ド・ラ・ロワールとAOCミュスカデ・コトー・ド・グランリュー。コトー・ド・ラ・ロワールは、より内陸のロワール川両岸に広がる急斜面のエリア。1994年に認められた比較的新しいAOCコトー・ド・グランリューは、フランス最大級の湖であるグラン・リュ―湖の周囲に広がります。それぞれ130ha、220haと栽培面積も少ないため、あまり見かけることはないかもしれません。
テロワールを表現するワイン「クリュ・コミュノー」
さらに、1980年代の後半から検討が進められていたのがミュスカデの中でのAOCの階層化。1991年の大霜で、畑が大きな被害を受けた後の再建の過程で検討が本格化しました。この階層のトップに君臨するのが、クリュ・コミュノー。2011年に、セーヴル・エ・メーヌ内の「クリッソン」「ゴルジュ」「ル・パレ」の3つが認められ、セーヴル・エ・メーヌ・クリッソン」のように、クリュ名を付記する事が認められました。現在は以下10のクリュがあり、シャントソー以外は、ミュスカデ・セーヴル・エ・メーヌに所在しています。
- クリッソン
- ゴルジュ
- ル・パレ
- グレ-ヌ
- シャトー=テボー
- ムジヨン=ティリエール
- モニエール=サン・フィアクル
- ラ・エ=フアシエール
- ヴァレ
- シャントソー
クリュ・コミュノーは厳選された区画から、厳しい仕様(45hl/haの厳しい収量制限、樹齢6年以上、熟度の高いぶどうの収穫、最低18~24ヶ月の滓の上での熟成)に沿って生産されます。シュール・リーの瓶詰期間は収穫翌年3月~11月ですから、ラベルに「シュール・リー」と記載できないのは驚きですね。
こうした地区名を冠するワインは、テロワールの表現を追求したワイン。少数の大手ネゴシアンが市場の過半を占めるミュスカデに既存の、大量生産の均一なスタイル=軽快な極辛口の早飲みスタイルとは一線を画します。より長期の澱との接触やスキンコンタクト、オーク樽やアンフォラでの熟成を試みる野心的な小規模生産者もおり、5年や10年の熟成ポテンシャルを持つ複雑なスタイルも造られています。
6. ミュスカデに合う料理・おすすめペアリング
地元では大西洋で取れた豊富な海の幸と食されてきたように、魚介類とはいわずもがなの相性です。白身魚や甲殻類はもちろんのこと、ワインと合わせると生臭くなりがちな貝類とも、抜群に合います。ムール貝や牡蛎と合わせると、ワインに感じる塩味や旨味との相乗効果を感じられるでしょう。そして果実の繊細な風味が身上のワインには、素材の味を活かした和食の最高のパートナー。シュール・リー製法で造られたミュスカデには、澱由来の旨味が感じられるため、出汁の旨味たっぷりの和食と合うのも納得ですよね。
一方、地区名を付記した「クリュ・コミュノー」は、ワインそのものに凝縮感があるため、白身のお肉や熟成チーズなど、少し強めの食材や手の込んだ料理にも合わせることもできます。
7. ミュスカデのまとめ
すっきり軽快な辛口ワインから、ワイン単体にじっくり向き合いたくなるテロワール・ワインまで、奥深い魅力を持つミュスカデ。お寿司や和食との相性の良さはもちろん、手ごろな価格で手に入りやすいため、普段使いしやすいワインです。ぜひ様々なミュスカデを試してみてください!