海と山に囲まれた自然豊かな州、アブルッツォ。トレッビアーノ種やモンテプルチアーノ種といった土着品種から造られる安くておいしいデイリーワインは、海外では「The Wine for Pizza(ピッツァ用ワイン)」として愛飲されています。
とはいっても、そもそもデイリーワインの宝庫であるイタリアのなかで、アブルッツォのワインを手に取る機会は意外と少ないのではないでしょうか。ぜひこの記事でしっかりとアブルッツォについて頭に叩き込み、魅力を掘り下げてみてくださいね。
【目次】
1. アブルッツォのワインとは
2. 海と山に囲まれた州 アブルッツォの気候
3. アブルッツォの土着品種:トレッビアーノとモンテプルチアーノ
4. 押さえておきたいアブルッツォのDOC/DOCG
5. アブルッツォの郷土料理とおすすめマリアージュ
6. アブルッツォのまとめ
1. アブルッツォのワインとは
イタリア半島中部、東に広がるアドリア海に面する海際の州アブルッツォ。北はマルケ州、西はラツィオ州、南はモリーゼ州に接し、海も山もある自然豊かな州です。イタリアは世界トップ3に入るワイン大国ですが、アブルッツォはその20州の中でも生産量第5位を誇ります。品種は黒ブドウのモンテプルチアーノと、白ブドウのトレッビアーノがツートップ。太陽の光をたっぷり浴びた果実味豊かな赤ワインと、フレッシュでさわやかな白ワイン、そしてモンテプルチアーノから造られるしっかりとしたロゼワイン(チェラスオーロ)も生産されています。
骨を折らずともブドウが健やかに育つ恵まれた環境から、これまでは質より量が重視され、アブルッツォ産バルクワインはイタリア北中部のワインとのブレンド用としても使われてきました。1990年代以降にようやく各自で瓶詰をする生産者が増えたものの、もともと小規模農家が多いという産業構造もあり、現在も生産量の3/4は州内にある約40の生産者協同組合が生産しています。農家のブドウを集めてワインを造る協同組合は、地元経済を支えるうえでも重要な役割を担ってきたのです。一般に協同組合のワイン=そこそこなイメージがあるかもしれませんが、その中にもきらりと光るワインがあり、特にキエーティ県トッロ村にあるカンティーナ・トッロは、優れた品質で知られています。同じく協同組合のルナ―リアは、30年前から無農薬栽培を行っており、ビオディナミ農法のブドウから造る3ℓの箱ワインは、するすると飲み心地良く、冷蔵庫に常備していると飲み過ぎてしまう危険なワインです。
もちろんデイリーワインだけでなく、一度飲んだら忘れられない偉大な造り手もいます。特に巨匠として名高いのが、エミディオ・ペペ、ジャンニ・マッシャレッリ、エドアルド・ヴァレンティーニの3名。エミディオ・ペペは、土着品種の従来のイメージを覆し、熟成の可能性を追求した自然派のカリスマ的生産者。1964年創業当初からビオディナミ農法&野生酵母での発酵を行い、木樽を使わずに瓶内で熟成させるという昔ながらの製法を貫いています。一方、マッシャレッリは、土着品種だけでなく国際品種にも挑戦し、マイナーだったアブルッツォの知名度アップに貢献しました。
そしてアブルッツォ一のプレミアム&レアワインといえば、なんといってもヴァレンティーニ。1632年創立の古参で、畑では一度も除草剤や防虫剤を使わず自然な造りを貫き、自社ブランドでリリースするのは、収穫されたブドウのうちわずか10~20%程度という厳しさ。そもそも流通量が少ないために、白で市価3万円越え、赤は5万円を超える超入手困難なワインです。
2. 海と山に囲まれた州 アブルッツォの気候
山岳地帯には手つかずの自然が残り、「人間よりも羊が多い」といわれる緑豊かなアブルッツォ。ブドウのほかにも野菜や果物、オリーブの栽培、羊の放牧など農業がさかんな州です。
内陸部にはイタリアの背骨アペニン山脈の中でも標高が特に高い二つの山塊、グランサッソ山塊(2912m)とマイエッラ山塊(2793m)がそびえたっています。州の65%を山岳地帯が占め、丘陵地帯を合わせると99%が起伏に富むエリア。わずか1%の平野部は沿岸地帯に広がります。
アドリア海からわずか30~50㎞進めば山岳部に入るため、ブドウ畑は海と山のどちらの影響も受け、より内陸にあるアペニン山脈の麓のエリアは大陸性気候が強くなります。生育シーズンは温暖で日当たりも良好ですが、夜間の冷え込みと冷涼な風が良質なブドウ造りの鍵。生育期が引きのばされることで、酸を保ちながらもしっかりとしたアロマを発達させることができるのです。ただし春霜の被害や秋の収穫期の雨がブドウにとってのリスクとなります。
一方、沿岸部は温暖な地中海気候。霜害や収穫期の雨のリスクは低くなり、あまり手をかけずとも健全なブドウが収穫できます。生育期の気温も丘陵部よりも高く、土壌も肥沃なため、ブドウの収量は高くなりがち。機械収穫も進んでおり、安価なワインの生産に向いたエリアとなります。
アブルッツォでは、特に丘陵地帯では伝統的に、ペルゴラという棚仕立てで栽培されてきました。このペルゴラ仕立てにより、適度な風通しを保ち、かつブドウの房が直射日光に当たるのを避けることができます。ただし近年は垣根仕立てにして収量を低くし、ブドウの凝縮度を高める造り手も増えています。
3. アブルッツォの土着品種:トレッビアーノとモンテプルチアーノ
モンテプルチアーノ
アブルッツォのブドウ畑の55%を占めるのが、モンテプルチアーノ種。イタリアではサンジョヴェーゼに次ぎ黒ブドウの栽培面積第二位の品種です。ルーツはお隣マルケ州との州境、北側のテラモのあたりで、マルケ州でもよく栽培されています。晩熟かつ房の中で不均一に熟すという厄介な特性があるため、品質の高いワインを造りたいなら、注意深い収穫と選果が必要です。
醸造においては、モンテプルチアーノは色素とタンニンが豊富なため、抽出に気を付ける必要があるのと、還元的になりやすいため、適度なエアレーションが重要になります。赤ワインの場合、基本的には果実味豊かな味わいになりますが、赤果実主体のフルーティーなミディアムタイプから、果皮との浸漬を長めに取り、樽で熟成させたしっかりとしたタイプまでさまざまです。ちなみにトスカーナのサンジョベーゼ主体で造られる赤ワイン「ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチアーノ」の「モンテプルチアーノ」は街の名前。ブドウ品種とは全く無関係なので、要注意です。
トレッビアーノ
アブルッツォで栽培されているトレッビアーノには2種類があり、一つがトレッビアーノ・トスカ―ノ、もう一つがトレッビアーノ・アブルッツェーゼです。
栽培量が多い(約20%)のが、トレッビアーノ・トスカ―ノ。いわゆるイタリアの馬車馬品種で、グレラ(プロセッコの品種)、ピノグリ―ジョに次いで白ブドウ生産量第3位を誇る品種です。フランスでは「ユニ・ブラン」と呼ばれ、ブランデーの原料としても使われます。樹勢が強く病気にも耐え収量がたくさん取れる品種ということもあり、がぶ飲みタイプの白ワイン用の原料として重宝されてきました。太陽さんさんの中でも酸を保ちやすいのはメリットではあるのですが、フレーバーに乏しくニュートラルで個性のない品種であることから、近年は栽培面積が減少傾向にあります。
トレッビアーノ・アブルッツェーゼは栽培面積約5%と少ないですが、こちらのほうがアロマが豊かでトレッビアーノ・トスカ―ノよりは品質がいいとされています。
これらのぼんくら扱いされていたトレッビアーノの品質を上げるため、尽力した立役者が冒頭の3巨匠。寒暖差の大きな畑でゆっくりブドウを育ってて収量を減らしたり、樽を使用したりと新たな製法を確立し、長期熟成可能な偉大なワインを造ることに成功しました。
その他の白品種―ペコリーノとパッセリーナ
そのほか単一の白ワインとして最近注目されているのがパッセリーナとペコリーノ、どちらもマルケ州とアブルッツォ州で栽培されている白ブドウです。パッセリーナはかんきつ類やトロピカルフルーツのような華やかな香りを持つフレッシュな白ワイン。ペコリーノはハーブや洋梨、リンゴのような香り、酸とミネラルが特徴の白ワインになります。ペコラ(羊)に由来するペコリーノという名前は、羊が好んで食べたブドウであるとか、羊飼いが羊の世話をしながら食べていた、など羊にちなんだ逸話が諸説あるようです。
4. 押さえておきたいアブルッツォのDOC/DOCG
アブルッツォ州は比較的DOCG/DOCが少ないので、ソムリエ資格を受ける方もらくちんな地域といえます。DOCGは2つ、DOCは7つ。イタリアのDOC/Gに共通のルールですが、後ろに「スペリオーレ」がつくとアルコール度数が高くなり、「リゼルヴァ」がつくと熟成期間が長くなります。
DOCG
・モンテプルチアーノ・ダブルッツォ・コッリーネ・テラマーネDOCG
ベーシックな赤のDOC「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」から独立した、モンテプルチアーノ種主体(90%以上)の赤ワイン。テラモ県テラモの丘の特定の区画のみが独立し、2003年にDOCGに認定されました。2年の熟成(うち木樽熟成1年)、リゼルヴァは3年の熟成(うち木樽熟成1年)が必要です。2000m級の山であるグランサッソに隣接した標高200~250mの地域で、山から海までの距離も近いため、山から吹き降ろす風と海からの強い風が1日中吹き抜けるのが特徴。凝縮した力強いタイプのモンテプルチアーノが、異彩を放っています。
・テッレ・トッレージ/トゥルムDOCG
2019年にDOCGに昇格した一番新しいDOCG。トッロ村はマイエッラ山とアドリア海に挟まれた丘陵地帯。州を代表する協同組合であるトッロも、このエリアにあります。生産可能タイプは白、赤、泡。赤はモンテプルチアーノ95%以上。白ワインはペコリーノ、パッセリーナ(各90%以上)、スプマンテはシャルドネが60%以上を使用という、少し変わった品種構成となっています。
DOC
2024年時点でDOCは以下の7つ。
・アブルッツォDOC
・トレッビアーノ・ダブルッツォDOC
・チェラスオーロ・ダブルッツォDOC
・モンテプルチアーノ・ダブルッツォDOC
・コントログエッラDOC
・オルト―ナDOC
・ヴィッラマーニャDOC
アブルッツォDOCは様々なタイプを生産できる広域のDOC、そして色のタイプ毎の3つDOCをまず覚えちゃいましょう。
・トレッビアーノ・ダブルッツォDOC(白)
2つのトレッビアーノ(アブルッツェーゼとトスカ―ノ)とボンビーノ・ビアンコ85%以上で造られる白ワイン。樽を使用せずにすっきり爽やかな味わいのものがほとんどです。
・モンテプルチアーノ・ダブルッツォDOC
モンテプルチアーノを85%以上使用。リゼルヴァが付く場合は、2年の熟成(うち木樽熟成9カ月)が必要です。シンプルでフルーティーな早飲みタイプから、長期熟成可能な複雑なタイプまでさまざまなタイプが造られます。
・チェラスオーロ・ダブルッツォDOC(ロゼ)
モンテプルチアーノ85%以上を使用したロゼワイン。2010年にモンテプルチアーノ・ダブルッツォDOCから独立し、ロゼ単独のDOCとして認定されました。チェラスオーロとはイタリア語で「チェリーのような」という意味。モンテプルチアーノ種はアントシアニンが豊富なため、通常のロゼよりも鮮やかなピンク色の、しっかりしたロゼになります。最近ではできるだけ軽めに仕上げようとする生産者も多く、その場合、直接圧搾(白ワインのように黒ブドウを絞ってロゼを造る)か、マセレーションする場合も12時間以下と、短くすることが多いようです。
新たな動きとしては、2023年、上4つのDOCにサブゾーンが制定されたこと。アブルッツォ州の4県(テラモ県、ペスカーラ県、ラクイラ県、キエーティ県)の名を原産地呼称名に付けられるようになりました。ただし銘醸地として名高いテラモ県のモンテプルチアーノ・ダブルッツォDOC(モンテプルチアーノ・ダブルッツォ・コッリーネ・テラマーネ)はすでにDOCGとして独立しているため、例外となります。
また、アブルッツォのワインは土着品種が多いですが、マルケ州との州境にあるコントログエッラDOCではメルロやカベルネ・ソーヴィニョン、ピノ・ネロ(ピノ・ノワール)などの国際品種も多岐にわたって栽培していることも特徴。なかなか見かけないDOCですが、日本でも1890年創業の老舗イルミナーティ社のワインは簡単に入手することができます。
5. アブルッツォの郷土料理とおすすめマリアージュ
海と山双方に近いアブルッツォのワインは、魚介にもお肉にも合い、とても使い勝手の良いワインです。郷土料理には唐辛子をよく使うように、スパイシーなお料理ともよく合います。すっきりと軽やかなトレッビアーノ・ダブルッツォは、魚介類やアサリのパスタなどにぴったり。モンテプルチアーノはトマトやなすとの相性が良く、トマトパスタやピッツァの良いお供に。地元では、マッケローニ・アッラ・キタッラ(断面が四角いパスタ)、ポルケッタ(豚の丸焼き)やアロスティチーニ(羊の串焼き)などの郷土料理と一緒に愛飲されています。チェラスオーロのロゼは、中華やタイ料理などエスニックにも合わせるのもおすすめです。また羊乳で造られるペコリーノチーズは、同じ名前のペコリーノの白ワインと、不思議なほどマッチするのでお試しあれ。
6. アブルッツォのまとめ
アブルッツォのワインの、肩ひじはらずに飲める気楽さは普段飲みにもぴったりです。かたやヴァレンティ―ニのようにイタリアを代表する偉大なワインが生まれるように、トレッビアーノやモンテプルチアーノにはとてつもないポテンシャルを秘めているともいえます。今後の動きにもぜひ注目してみて下さい!