「誰かが取り残されていないか、いつも気になってしまうんですよ。」
そう語るのは、門前仲町のリキュール製造所「深川リキュルラボ」でクラフト梅酒の開発を手掛ける 榎本一仁さん です。2年前に梅酒づくりの立ち上げに関わり、昨年末には「ほうじ茶梅酒」を世に送り出しました。そのヒットの裏側には、榎本さんの異色の経歴と、緻密なチームマネジメント力がありました。
【目次】
1. 酒を巡る旅の始まり
2. 日本酒からワインの世界へ
3. 梅酒づくりとワインの共通点
4. 試行錯誤の末に生まれた「ほうじ茶梅酒」
5. チームをまとめる力と、ワインからのインスピレーション
6. 「美味しい」がすべての原点
1. 酒を巡る旅の始まり

わたしのルーツは、実は日本酒にあります。東京農業大学で国際農業開発を学び、食品輸出の道へ。日本の食文化を世界に伝えるため、カナダ・トロントで日本食輸入に携わり、その後は宮城県の老舗酒蔵「一ノ蔵」で海外営業に従事しました。

転機はある日突然訪れます。一ノ蔵で酒精強化日本酒のプロジェクトが立ち上がった際、「酒精強化ワインにヒントがあるのでは?」と考えたのです。そこで、日本酒の勉強仲間だった紫貴あき講師にインタビューさせてもらったときに、ワインの奥深さに触れました。これが転機となり「日本酒もいいけれど、ワインも面白そうだ」と思いはじめ、アカデミー・デュ・ヴァンのStep-Ⅰに通い始めることになったのです。
2. 日本酒からワインの世界へ
ワインの世界に飛び込み、最初に驚いたのは、日本酒との根本的な違いでした。
日本酒は「造り」が味を決めるのに対し、ワインは「ブドウ」が味を決めるという点です。
また、提供の仕方も異なりました。Step-Ⅰのクラス会に持参した貴腐ワインを、常温で置いていたところ、誰かがアイスバケットに入れ、また出され、また入れられ……「これは誰の仕業だ?(怒)」と思っていたら、なんと講師が冷やしていたのです。
後になって「甘口ワインはしっかり冷やす」が定石と知り、「あの時、何も知らずにいた自分よ…。」と、今でも笑い話にしています。

3. 梅酒づくりとワインの共通点
2022年、門前仲町の「海琳堂」へ転職し、新規事業として立ち上げたクラフト梅酒の製造に携わることになりました。2023年にはワインエキスパートを取得。「ワインを学んだことが、ここでも活きている」と強く思います。
ワインの世界では 「酸味が骨格を成す」 という考え方があります。梅酒も同じで、酸が少ないと甘みが重くなりすぎるため、梅由来の酸味を最大限に活かすことに日々奮闘しています。また、梅の品種や熟度が味に大きく影響することも、ブドウと共通しているのです。

4. 試行錯誤の末に生まれた「ほうじ茶梅酒」
初めて世に出したのは「クミン梅酒」。スパイス好きのチームメンバーの発案で、エキゾチックな風味が話題となり、またフランスボーヌで開催されたワインコンクールの日本リキュール部門で見事第一位を取りました。しかし、次なる商品開発は難航しました。「お茶と梅酒を合わせてみよう」とチームメンバーが発案したものの、緑茶、ジャスミン茶、烏龍茶……組み合わせは面白くおいしいけれど、もっとわかりやすい何かはないかと考えていました。
そんなある朝、テレビの総合情報番組をぼんやりと眺めていたら、目に飛び込んできたのは「ほうじ茶スイーツ特集」だったのです。
「これだ……!」と一瞬でひらめきました。スクールで飲んだソーテルヌの甘美な味わいと芳ばしいほろ苦さのバランスを思い浮かべたのです。そうして試作した 「ほうじ茶梅酒」 は、チーム全員の賛同を得て、無事に商品化されたのです。

5. チームをまとめる力と、ワインからのインスピレーション
「意見が割れるのは当たり前。でも、置いてけぼりをつくらないことが大切。」――高校時代にオーケストラ部の運営に携わった経験が、現在の仕事にも活きています。80人の部員をまとめるのは至難の業。上手い人も、上手くない人もいる、意見を言いたがる人も、言いたがらない人もいる。そんな中、上手くない人、意見を言いたがらない人の中にも大切なアイディアがあると思うのです。今、梅酒の商品開発でもメンバーの意見を大切にしています。
かつて、わたしの頭の中は95%が日本酒的な視点でした。でも今は、95%がワイン的な視点になっています。ワインからインスピレーションを受け、次に狙うのはフランスのPineau de Charentesのような酒精強化梅酒。クリーンかつ飲みごたえがある味わいです。また、現在、受講しているWSG認定のItalian Wine Essentialsの授業から、イタリアの甘口ワインにもヒントがあるのでは? と思案しています。ワインは世界中でつくられており、幅が広いからこそ、アイディアの宝庫でもあります。だからこそ、楽しくて、ワインの勉強は辞められません。

6. 「美味しい」がすべての原点
酒の世界は奥が深い。でも、まずはシンプルに「今飲んでいるこのお酒が美味しいか?」を大切にしたいし、してほしいです。ワインも梅酒も、突き詰めればシンプルな飲み物です。だからこそ、深みがあります。
ぜひ、門前仲町の「深川リキュルラボ」に遊びに来てください。ワインと梅酒の違い、そして意外な共通点を見つける旅に出ましょう。

現在、榎本さんは梅酒の魅力を伝えるために、消費者向けにセミナーをしたり、インスタグラムで造りや試作などの情報発信をしています。「伝える力」を磨くために、アカデミー・デュ・ヴァンの認定ワイン講師試験を受けて見事合格しました(現在開講準備中)。榎本さんのクラフト梅酒づくりの挑戦は、まだまだ続いていきます。
プロフィール
榎本一仁(えのもとかずひと)
「深川リキュルラボ」:商品HP/instagram@liqrulabo
- 星座:魚座
- 血液型:A型
- ワイン以外の趣味:合唱(歴20年)
- 好きな食べ物:ドリア
- もし生まれ変わったら何になりたい?:オペラ歌手!
- 酔っぱらったらどうなる?:あくびを連発します
- 人生を変えたワイン:シャトームートンロートシルト1983