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ブルゴーニュのビオ(ディナミ)の進化と自由
私が2002年から日仏往復生活を志したきっかけのひとつが、ビオ(ディナミ)を知ろうと思ったからだ。
月の動きを考慮した栽培は日本でも伝統的にあったが、プレパラート(調剤)やティザンヌ(煎じ薬)が持つ成分が、どのようにブドウ畑に作用しているかが疑問だった。
当時の王道的なプレパラートは500番から507番。以下にその名称と成分、効用を列記する。
500) Bouse de Corne(牛糞を牛の角に詰め冬季土中に埋め、発酵・乾燥させたものを砕いたもの)→根の育成を助け、同時に土中の窒素をコントロール等する。
501) Silice de Corne(結晶化した石英や長石を牛の角に夏・秋季土中に埋め、粉末状に砕いたもの)→珪素の光吸収効果による、光合成効果と土中の過剰な湿度のコントロール
502) Achilee Millefeuille(ノコギリソウの葉)→硫黄分の供給
503) Matricaire(カミツレ)→石灰分の供給
504) Ortie Piquante(イラ草)→鉄分・蟻酸の供給
505) Ecorce de Chene(樫の樹皮)→生きた石灰分の供給
506) Pissenlit(西洋タンポポ)→珪酸の供給
507) Valeriane(カノコ草)→リンの供給
(502~507は乾燥後、粉末にして煎じた状態で用いられる
「Calendrier des Semis(種まきカレンダー)」や「Calendrier Lunaire(月カレンダー)」と照らし合わせながら、畑の状態に合わせて以上の500~507を組み合わせながら用いる、というのが基本である。
オーソドックスな使用方法は、
* 収穫後:可能なら501を葉に施す(1~3回)
* 発芽前:500を土上・中に施す(1~3回)。501を土上に施す(1~3回)
* 発芽後:501を葉に施す(1~3回)など。
(以上はBiodyvinの定款より)
また6月には502のノコギリソウの葉(硫黄分)、504のイラ草(鉄分・蟻酸)、他にトクサ(珪素)が頻繁に用いられるが供給成分を見ても分かるとおり、これらは菌性病害(ウドンコ病、ベト病など)対策に とくに有効である(また501やトクサの珪素は光吸収効果があるとされ、土中の湿度をコントロールすることによってやはり菌性病害の繁殖を防ぐ)。
しかし私が渡仏した当初は、これらを組み合わせることにより、ベト病対策であるボルドー液の使用量を減らすことが主な目的だった。
今でもその目的はあるものの、現代の真のビオディナミ実践者はビオをマニュアルだとは思わず、より精緻に畑の声を聴き、畑(土)やブドウ樹が必要としている調剤や煎じ薬を阿吽の呼吸で与えているように見える。
いくつか例を挙げるとタンポポは明らかに土中組織の改善、植部成長の調整を促す。
イラ草は堆肥の活性化、植物の強化、白化現象への対策、光合成の促進などにも役立つ。
ブドウ樹に刺激を与えるタイプの植物だ。
いっぽうトクサやスギナは、赤蜘蛛とポロネギへの幼虫に効果がある防虫タイプの植物にもなる。
最近は雹害のあとの手当としてベビーパウダーを使う生産者もいる(一種の絆創膏だと言う)。
ビオ(ディナミ)の手段をマニュアルと捉える者、必要性に応じてビオ(ディナミ)の手段を用いる者。
両者には感覚的な違いはあれど、現代に突きつけられたサステイナブルな農業を行うきっかけになっていることは間違いない。
幸いにも2020年ヴィンテージは、現時点ではビオを実践しやすい状況だ(2016年のような多湿な冷夏だと難しい)。
収穫までの安定した天候を願う。
次回は近年シャンパーニュで進められているサステイナブルなワイン造りについて触れたいと思うので、まずはシャンパーニュのリュペール・ルロワ(Ruppert Leroy)で行われたワークショップ形式のプレパラート(500と503)の仕込み風景を画像で紹介したい。
▶︎画像(PDF):シャンパーニュのリュペール・ルロワ(Ruppert Leroy)で行われたワークショップ形式のプレパラート(500 と 503)の仕込み風景
(情報・画像提供:フランス在住 田熊大樹フォトグラファー)
2020.05.22
堀 晶代 Akiyo Hori
J.S.A.認定シニアワインアドバイザー、栄養士。
酒販店でのワイン販売を経て、2002年に渡仏。現在は大阪とパリを拠点に、ワインライターとしてフランスやイタリアを訪問。生産者との信頼関係に基づいた取材をモットーにしている。
おもに「ヴィノテーク」「ワイナート」などの専門誌に寄稿。
著書に「リアルワインガイド ブルゴーニュ」(集英社インターナショナル)など。