まったく頼まれていないのに、ソムリエ藤巻 暁氏のご自宅に押しかけて「セラーのお宝見せてくださーい!」と迫る本企画。セラーそのもののスペックとともにボーペイサージュ岡本英史さんとの交友を紹介した前回はかなりの反響があり、取材時に持参した手土産のお菓子が功を奏したのか藤巻氏からのお叱りなどもなかったため、安堵してVol.2掲載に至る。
>>藤巻邸のセラーのスペックと所有するボーペイサージュについてはこちら Vol.1
文・写真/谷 宏美
【目次】
1. フルート型ボトルの一角
2. 「変なやつ」よばわりされたウイーンのワインショップ
3. ドイツのドライな古酒を求めて
4. 今回のお宝ワイン
1. フルート型ボトルの一角
藤巻氏のご自宅にあるメインセラーについて軽くおさらい。2016年に自宅を改築し、5台のフォルスターを手放して地下スペースにカスタムメイドのウォークインセラーを設置。湿度を一定に保つ効果のある建材を採用し、ラックはボルデックスを使用。室内には大粒の鹿沼土が入れてある。栃木県鹿沼地方で採取される酸性度の強い鹿沼土は水分を調整する機能があり、湿度を40度から70度に保つ働きがあるのだという。トルマリンはマイナスイオンを発生し、備長炭は消臭効果がある。大切なワインが心地よく寝ていられる工夫が隅々までなされている。
>>藤巻邸のセラーの全容とスペックはこちら Vol.1
クラシックからトレンドまでを網羅し、古今東西のワインを知るソムリエとしてメディアやセミナーでも引っ張りだこの藤巻 暁氏。最近はclubhouseのさまざまなroomから声がかかり、スピーカーとしてその見識を披露している。決してオレがオレがでなく、求められたことに対してだけを的確に回答する控えめなスタンスは、本連載の取材を通して筆者が感じるところと同様である。
藤巻氏の自宅ワインセラーを拝見し、並んでいるボトルにいちいち「ひー」と叫び目を丸くしているわけであるが、「たまたま昔に買ってただけですから」と表情を変えずつぶやく。常にクールで沈着冷静、主たる勤務地である某有名百貨店和洋酒売場でもアカデミー・デュ・ヴァンの講座はもちろんバックヤードでも、藤巻氏の慌てているさまを見たことがない。全日本最冷静ソムリエコンクールが開かれたら間違いなくチャンピオンだ。
「ドイツやオーストリアといった冷涼な産地のブドウはきっちりと酸がのっていて、60年代、70年代くらいの白は今飲んでも素晴らしい体験ができますから」。古酒を楽しむならリリースされてすぐに買って、40年から50年寝かせる手もあるがこれは気の遠くなるような時間がかかる。すでに熟成したものが買えればいいけれど、ドイツやオーストリアあたりの昔のワインはすぐに消費されてしまっていたから、なかなかそんなものには出会えないし、見つからない。このフルート型ボトルの古酒エリアは、探そうとして探し、集めようとして集めなければ叶わない、超貴重なコレクションといえよう。
ところでリースリングを語るにあたり避けて通れないのがTDN(トリメチル ジヒドロ ナフタレン)、ペトロール香や灯油香りといわれる香気成分だ。「一般的にリースリングのTDNは時間が経つにつれて強まるといわれていますが、実はそこからさらに熟成させると、それを感じなくなっていくんです」。えっ、知らなかった、そうなんですか? 筆者はそこまで熟成したリースリング飲んだことありませんので……。「それはもう、えもいえぬ素晴らしい熟成感を醸し出します。
何かと議論の的となるTDNも研究が進み、さまざまななことが解明されつつあるが、こうしたリアルなテイスティングに基づく藤巻氏の考察は貴重だ。「最近はTDNを抑える造りをする生産者が増えてきましたね。もともとドイツやアルザスのリースリングには強く出る傾向があり、オーストリア産は控えめと言われています。また日照量が多いと増えるため、オーストラリアでは強く出てるものもありますね」。ふむふむ。リースリングを選ぶ際の参考にしていただきたい。
ちなみに、藤巻氏のワイン売り場では、どのようなリースリングをラインナップしているのだろう。「『リースリングにはあの香りがないと』という方がいるのも事実で、僕の勤める百貨店の顧客ではTDN肯定派と否定派の方は半々くらいというイメージです。なのでセレクトも半々くらいですね」。ちなみに藤巻氏の好みは? 「個人的には、あまり強く出ていない方が好きですね」。