アカデミー・デュ・ヴァンで講師を務めている、島悠里と申します。これから、シャンパーニュの話題を中心に、コラムを書かせていただくことになりました。また、時々、地元のカリフォルニアワインや現地のワイン事情についても、時々、ご紹介したいと思っています。初回の本稿では、最新収穫年のシャンパーニュのヴァン・クレールと2020年ヴィンテージについてのお話です。
文・写真/島 悠里
【目次】
1.シャンパーニュ造りで要となる工程
2.ヴァン・クレールの試飲で、その年の個性をとらえる
3.2020年はどんな年?
4.2020年のヴァン・クレール試飲
5.最後に
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1.シャンパーニュ造りで要となる工程
もともとシャンパーニュ好きだったのですが、近年は、直接生産者から学び、理解を深めるために、できる限り現地を訪れています。一年の中でも、わたしにとって大事な訪問のタイミングが、シャンパーニュ造りで重要な工程がおこなわれる、秋の収穫と、その翌年の春のブレンディングの時期です。今回は後者のお話。
「ヴァン・クレール」(vins clairs)というフランス語の言葉を聞いたことがあるでしょうか?
シャンパーニュの場合、通常のワイン醸造の工程のあと、それらのワインをブレンドして瓶詰めし、瓶内二次発酵・澱熟成の過程へと続きます。その瓶詰前の、ベースとなる原酒のことをヴァン・クレール(ベース・ワイン)と呼びます。
造り手により考え方は様々ですが、一般に、優良な造り手は、区画ごと、ブドウ品種ごと、さらには同じものであっても醸造方法を変えるなど、別々に醸造し、できる限り多くのヴァン・クレールの種類を造ります。
その理由は、別々に醸造することで、それぞれに最適な方法を選び、テーラーメイドな醸造ができること。そして、収穫後の翌年1月から4月にかけて、シャンパーニュ造りの要の工程であるブレンディングがおこなわれますが、より多くの、別個のヴァン・クレールがあるということは、ブレンド時の選択肢が増え、可能性が広がり、結果的に多種多様な組み合わせの中からベストなものを選ぶことができるという考えからです。
2.ヴァン・クレールの試飲で、その年の個性をとらえる
春の時期に現地を訪問するのは、このヴァン・クレールの試飲ができる唯一の時期だからです。ブレンドの構成要素となる、区画ごと、ブドウ品種ごとに醸造された、泡がなく澱熟成前の、素の状態のワインを試飲することは、シャンパーニュのテロワールや、その生産者の考え方を理解することにつながります。
さらに、水平的に、様々な造り手の、最新の収穫年のワインを一度に比較試飲することで、その年(ヴィンテージ)の特徴をとらえることができます。
メゾンによっては、毎年、数百種類ものヴァン・クレールができあがります。それらを絶妙に組み合わせることで、その年の最適なブレンドが生み出されるのです。
例えば、ルイ・ロデレールでは、自社畑からのブドウだけで、毎年、約400区画から450種類ものヴァン・クレールが造られます。
また、クリュッグのグランド・キュヴェは、リザーヴ・ワインも含めて、100種類を超えるワインをブレンドして作ることで有名です。
3.2020年はどんな年?
2020年のシャンパーニュは、ポテンシャルがある、とても良い年になりました。コロナ禍で、経済的にも落ち込み、ロックダウンが実施されるなど、大変な状況でしたが、その中でも自然の恵みが得られたのは喜ばしいニュースでした。
ある生産者によると、2020年は、ブドウの成熟度が高く、かつフレッシュさがある、バランスの取れた年になり、とても期待ができる年になったとのことです。
収穫は、非常に早く、8月半ばに開始。夏の間、高温と乾燥が続き、ブドウの成熟を早めました。(腐敗がなく)健康で、濃縮した良質なブドウが収穫できました。
早い収穫でしたが、場所によってはブドウの成熟度にばらつきがあり、収穫には予想より時間がかかり、特にシャルドネにその傾向がみられました。実際にわたしも、同じブドウの房であっても、表と裏で、成熟度が異なるものを目にしました。そのため、いったん収穫を止めて成熟を待ったシャルドネの生産者もいました。
シャンパーニュでは、2018年から3年連続で良作年が続いていています。これは、ブドウ栽培の北限に位置し、厳しい気候条件のシャンパーニュではなかなか実現しないことです。30年前の、下1桁も同じで、グレート・ヴィンテージが続いた、1988、1989、1990を思い起こさせますが、これらの年のワインが、いま、素晴らしい熟成をしていることを考えると、直近の3ヴィンテージについても期待がかかります。
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4.2020年のヴァン・クレール試飲
では、実際に、2020年のヴァン・クレールはどのようなものだったのでしょうか。
今年の春は、コロナ禍のため、現地訪問は叶いませんでしたが、「Les Mains du Terrorレ・マン・ドゥ・テロワール」いう生産者団体が、加盟する生産者のヴァン・クレールやブレンドを小瓶で送ってくれ、ウェビナーで解説を聞きながら、試飲することができました。
15生産者の15のヴァン・クレールやブレンドは、その生産者の銘醸畑や、トップ・キュヴェであるなど、特徴的なものばかりで、いずれのワインも個性豊かでした。全般に、2020年のワインの質の高さとバランスを実感しましたが、特にピノ・ノワールが光っていました。
なかでも際立っていたのは、ポール・デテュンヌのアンボネ村の区画「レ・クレイエールLes Crayeres」のピノ・ノワール、エリック・ロデズのアンボネ村のブレンド(ピノ・ノワール)、ガティノワのアイ村の区画「ボノットBonotte」のピノ・ノワール、コエッソンがオーブに単独所有する区画「ラルジリエLargillier」のピノ・ノワールのワイン。
シャルドネだと、バザール=コカールのシュイィ村のブレンド。シュイィ村は、コート・デ・ブラン地区の北の特級村(シャルドネ)ですが、このブレンドは、後にトップ・キュヴェの「スペシャル・クラブSpecial Club」になるもので、この村の4つの区画が含まれています。たとえばその内の一つは、シュイィ村の銘醸畑として有名な「ル・モンテギューLe Mont Aigu」ですから、質の高さも納得です。
5.最後に
3年連続で良年が続いたシャンパーニュですが、そのヴィンテージの真価がわかるのは、時間が経ってからです。ブドウの収穫時、ヴァン・クレール試飲の時、熟成期間中、そして、完成時、リリースされて熟成を経てからと、当然ながら、その時々で生産者から聞く評価が変わることもあります。
シャンパーニュの場合、最低でも2~3年、長いものでは10年近くの時を経ないとリリースされず、わたしたちが実際に味わうことができるまでに、長い時間を待たねばなりません。
2020年のシャンパーニュが世に出るころには、きっと、また皆で集まって、ワイングラスを傾けることができていることを願わずにはいられません。その時が来るのが楽しみですね!
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島 悠里/Yuri Shima
サンフランシスコと東京を拠点に、国内外のメディアでのワイン記事執筆、ワインセミナーでの講師など幅広く活動。フォーブスジャパンでは、オフィシャルコラムニストとして、ワイン、シャンパーニュの記事を書いている。米国ニューヨーク州弁護士。WSET® Level 4 Diploma、J.S.A. 認定ワインエキスパート。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。