世界的に高く評価され、ワイン輸出大国となったオーストラリア。第2回は、オーストラリアのワイン産業がどのように発展してきたのかを、栽培・醸造技術と市場ニーズに寄り添うマーケティングの観点から見ていきます。
【目次】
1. バルクワインとマルチ・リージョナル・ブレンド
2. オーストラリアワインのあけぼのと革新
3. ワイン造りのさらなる進化とグローバル化のリスク
4. オーストラリアワインのまとめ
1. バルクワインとマルチ・リージョナル・ブレンド
内陸の大産地・バルクワイン
オーストラリアは、スペイン、イタリア、フランス、チリに次ぐワイン輸出大国。上位輸出国の中では、バルクワインの割合がスペインと並んで高く、輸出の過半を占めます。
そして、そのバルクワインの最大産地で、オーストラリアの灌漑用水の3分の2を使っているのが、重要な農業地域であるマレー・ダーリング盆地。ここに、リヴァーランド、リヴェリーナ、そしてマレー・ダーリングという3つの産地(リージョン)が広がっています。
リヴェリーナは、ニュー・サウス・ウェールズ州の南西部。南緯34度で、温暖な地中海性気候に恵まれています。中心的な都市は、グリフィス。この産地は、マクウィリアムズ・ファミリーがその立ち上げと発展に、大きく貢献しました。20世紀初頭に苗木を持ち込んだ時には、酒精強化ワイン用が主体でしたが、50年代後半以降、テーブルワインの発展に尽力します。
この産地は、同じくニュー・サウス・ウェールズ州のマレー・ダーリングと並び、バルクワインの産地として有名です。
そして、ヴィクトリア州境に近い南オーストラリア州にあるリヴァーランドが、バルクワインに限らず、オーストラリアで最大のワイン産地です。規模の経済が効いていて、ヘクタール辺りの収益効率性は、オーストラリアで最大。
これらの大規模ワイン産地のブドウを大手有名生産者が自由にブレンド。サウス・イースタン・オーストラリアという広域の地理的呼称で、低価格のワインを大量に生産しています。
また、大量のバルクワインは、オーストラリア国内では、大手スーパーマーケットのウールワース、コールスや、英国のセインズベリーズ等のスーパーマーケットのプライベートブランドでも使われます。
大手生産者は、バルクワインだから品質が低いということはないと言います。栽培では、収穫の機械化は当然として、垣根仕立てで短梢剪定を選択。機械剪定を容易にするという選択は普通に行われます。
また、赤ワインでは、収斂性を抑える為に、白ワインでは、フレッシュな果実の香りを保持するために、低めの温度で発酵するといった工夫もします。また、マイクロ・オキシジェネーションで効率的に、タンニンを和らげて、青っぽさを減らすことも。新樽の代替として、オークチップを使用。お金を掛けずに、樽の風味付けをするのも普通です。
価格を抑えて、大勢の消費者向けに、わかりやすく飲みやすいワインを提供するという方針なのです。他方、赤ワインでは、空きタンクの容量に応じた生産調整や、白ワインでは圧搾機の能力を踏まえたブドウの入荷、生産計画といった、大規模生産ならではの苦労もあります。
大手生産者とブランディング
オーストラリアで良く知られた大手生産者は、アコレード、カセラ、トレジャリー・エステート、ペルノ・リカール。その内の一つ、イタリアからニュー・サウス・ウェールズ州に移民してきた家族経営のカセラは、2001年にイエローテイルを立ち上げます。
旧世界の有名産地と競合するのでは無く、ワインにあまり触れてこなかった消費者、例えば「ビールが気楽で好きだ」という様な顧客の取り込みに成功します。気軽にすぐ飲めて楽しいワイン。ワラビーが飛び跳ねているラベルで、親しみやすいし、すぐ目につきます。
選択肢が多くなればなるほど、不幸を招くという現象を「選択のパラドックス」と呼びます。ワイン選びに、この理論は正に当てはまります。イエローテイルは、ワインという飲み物の入り口で立ち止まっている消費者に明快な解を示したのです。
マーケティング的に言えば、競合メーカーが死に物狂いの戦いをしている、「レッド・オーシャン」とは別次元の、新しい市場「ブルー・オーシャン」を創出したと言えます。MBA(経営学修士)の教材としても、紹介されています。
カセラの直近の動きとしては、2022年に過半の自社所有のブドウ畑を売却。畑にこだわるよりも、ブランドの確立に更に投資をするという方針です。
マルチ・リージョナル・ブレンド
フランスや、旧世界の産地を中心として、「産地区分が狭ければ狭いほど、高級なワインが生まれる」と言うのが、一般的な通念。ですから、広域なアペラシオンで造られたワインと、単一畑から生まれたワインでは、当然後者の方が、高級という印象を殆どのワイン愛好家の方はお持ちと思います。
でも、オーストラリアはちょっと違います!サウス・イースタン・オーストラリアやサウス・オーストラリアと言った地理的呼称のお蔭で、特徴ある産地の至る所から、最高のブドウを集めて、最適な割合でブレンドして、ワインを造る。きわめて合理的な、科学的な思想を、実現に移せます。
オーストラリア最高峰のワイン。その最右翼と言えば、ペンフォールズのグランジが挙げられます。酒精強化ワインが主流だった、1950年代に会社幹部から生産中止を命じられたにも拘わらず、諦めなかったマックス・シューバート。不屈の努力の末、市場の評価が定まり、プレミアム価格で取引されるようになりました。マスター・オブ・ワインのジャンシス・ロビンソンやロバート・パーカーなどの批評家たちから満点の評価を得ています。
このワインは、マルチ・リージョナル・ブレンド。様々な産地に跨ったブドウを使ってワイン造りをしています。更に、2002年、2004年、2008年、2016年のヴィンテージをブレンドした、「g4」というワインもリリース。マルチ・リージョナルに加えて、マルチ・ヴィンテージになります。なんと!1本50万円というプレミアム価格が付いています。
そして、さらに、2019年ヴィンテージの、インター・コンチネンタル・ブレンドの「ペンフォールズII」が登場。ボルドーのカベルネ・ソーヴィニョンなどをオーストラリアに輸入して、オーストラリアのシラーズとブレンド。プレミアム・ワインの位置づけで、4万円以上の、お値段で流通すると見られています。
こうなると、フランスのシャンパーニュの大手メゾンのビジネスモデルとの近似性を感じる方もいるかも知れません。個々の畑のテロワールという観点よりも、ブレンドによる生産者の哲学や、ハウス・スタイルが、大きな付加価値になり得るということを示す好例かもしれません。
2. オーストラリアワインのあけぼのと革新
1995年にオーストラリアのワイン業界は、2025年には45億ドルの売り上げを目指すと計画。しかし、20年前倒しで、2000年に目的に到達しました。この陰には生産者たちの努力があったのは言うまでもありませんが、国のサポートや、産学連携とワイン造りにおけるイノベーションが大きな役割を果たしました。
オーストラリアのあけぼの
18世紀末までには、苗木がオーストラリアには入り、1830年代に、「オーストラリアワインの父」ことジェームズ・バズビーが活躍。19世紀には、ワインが産業として成立。その一方で、大きく成長していたヴィクトリア州では、フィロキセラが見つかり、中心地は南オーストラリア州に移ります。幸運だったのは、フィロキセラの被害がヨーロッパで始まる前に、多くの苗木を持ち込んでいたこと。また、検疫が非常に厳しかったお蔭で、全土に広がることにはなりませんでした。
しかし、20世紀前半は、酒精強化ワインが主流になります。シラーズやシャルドネが大きく伸びて、国際的に認められるようになってきたのは、20世紀末からの比較的最近のことです。
アデレードに所在する、オーストラリアワイン研究所(AWR)は、1955年に設立。ワイン産業の運営に役立つ研究開発や分析、コンサルティングを行っています。シラーズの品種香で知られている黒胡椒の香りの成分をロタンドンと同定。その閾値も特定しました。また、国も後押しを、しっかりしていて、ワイン・オーストラリアという団体で、研究開発やマーケティングのサポートもしています。
栽培の世界では、オーストラリア生まれの栽培研究家、リチャード・スマート博士は良く知られています。スマート・ヴィティカルチャー社を設立して、国内外の多数のワイナリーでコンサルティングを行ってきました。一昔前になりますが、樹冠管理の効用を詳説した、「サンライト・イントゥ・ワイン」はとても有名な著作です。当時、注目を集めたのは、収量が多いことは、必ずしも品質が落ちるという事を意味しないという主張です。
除葉や摘葉などによって、樹冠を管理。灌漑も樹勢を考慮することにより、高収量と高品質は両立するという考え方です。
醸造では、ワイナリーの衛生管理に注意を払い、温度管理可能なステンレスタンクで、培養酵母を使い発酵。果実香を保持しつつ、酸化を排除します。亜硫酸もブドウの受け入れ時や瓶詰時に、適切に添加。清澄剤も使用。瓶詰に際しては、微生物汚染や酸化を排除します。いわゆる、現代的な、還元的でクリーンなワイン造りが、オーストラリアの身上でした。
更に気温が高い産地では、収穫からワイナリーへの搬送は温度が上がらない様に、夜間収穫や収穫後に冷却。他にも、進んだ灌漑技術の開発(部分根域乾燥灌漑や規制不足灌漑)と現代的なワイン造りの先端を走ってきました。
スクリュー・キャップの商業ベースでの活用でも、オーストラリアはニュージーランドと共に、先陣を切り、特に2000年に入りクレア・ヴァレーのリースリング生産者たちが足並み揃えて、導入したことは大きなインパクトがありました。そのお蔭で今日では、9割を超えるオーストリア・ワインはスクリュー・キャップを使って瓶詰されています。
こうして、進んだ技術を会得したオーストラリアの生産者たち。自国の収穫から醸造の時期が終わると、北半球のワイン産地でワイン造りを行う、フライング・ワインメーカーとしても活躍。世界に自らのワイン造りを伝播してきました。
課題と展望
一時期のボルドーやローヌで良く見られた、腐敗酵母のブレタノマイセス(ブレット)による欠陥臭。オーストラリアのワインはクリーンで、この欠陥臭(お好きな方からすれば、複雑性を高めるセクシーな香り)を、排除したピュアな造りが普通です。
シラーズで言えば、プラムの様な良く熟した果実や、新樽のチョコレートやカカオ等の香りが代表的。ワインの品評会でも、ブレットは、酷評されました。
しかし、最近の潮流として、生産者が極力、ワイン造りで手を加えないこと、亜硫酸を使わないことのみに焦点が当たることがあります。そうして、造ったワインが、すなわち自然派ワインであるとアピールされます。温暖化による、ブドウ果汁のpHの上昇。そして、亜硫酸耐性を持ったブレットも現れ、こうした風潮に警鐘を鳴らす科学者たちもいます。
アデレード・ヒルズで活躍するアントン・クロッパーのルーシー・マルゴー。アデレード大学でワイン造りを学ぶものの、敢えて自然派の造りを選択。ただし、揮発酸や、ネズミ臭の発生などのリスクを理解した上で、その対処をきちんと考える。ワインは、人が体に摂取するものですから、基本は何かを理解した上で、応用動作は考える姿勢は大切です。
オーストラリアでの災害と言えば、山火事の被害が例年報道されています。山火事は、直接的な損害だけでなく、スモークテイントによる2次被害、ワインの欠陥が発生することが恐れられています。しかし、定常的に、最も深刻な課題は、水資源でしょう。
灌漑用水の不足や価格高騰は、頭が痛い問題です。雨が比較的多い産地では、ダムで貯水する手があります。帯水層に水が蓄えられている産地では、地下からくみ上げることができます。
しかし、サスティナブルな水の使用を考えると、一層の点滴灌漑の普及は、当然ですが、水処理施設増強によるリサイクル水活用の加速が必要です。
灌漑効率性も、地下で直接ブドウ樹の根に水を与え、土壌の水分をセンサーでモニター。自動で遠隔操作するシステムも試行されています。ブドウの生育サイクルを考えた、効率的な水資源の活用と樹勢管理に生産者は努力しるのです。
コミュニティ的な活動も見られます。モーニントン・ペニンシュラでは、1年おきにピノ・ノワール・セレブレーションというイベントが催されています。2023年の2月には、オーストラリア国内はもちろん、海外の生産者や、高名なアメリカの気候学者グレゴリー・ジョーンズ博士も招致して、6人のマスター・オブ・ワインが参加という大盤振る舞いでした。
オーストラリアのロバート・パーカー
欧米や日本でも、ミシュランガイドは有名。星付きレストランは憧れです。一方、オーストラリアにはミシュランの代わりに、「グッド・フード・ガイド」があります。シェフハットというシステムで、20点満点で評価をしています。
そして、ワインの評価は、アメリカのロバート・パーカーよりも、地元のジェームス・ハリディです。世界有数のワイン・ライターで、英国連邦王国のオーストラリア勲章も授与されています。
業界で信頼されているハリディ・ワイン・コンパニオン誌を刊行しています。また、ハンター・ヴァレーのワイナリー、ブロークンウッドとヤラ・ヴァレーのコールド・ストリームヒルズの創立にも関わっています。こうした、自国の優れたワイン評論家の存在もオーストリア・ワインの品質と知名度の向上に貢献しています。
3. ワイン造りのさらなる進化とグローバル化のリスク
テロワール・土壌の分析
オーストラリアは、一般的には、安定的な日照が得られ、気候も乾燥しています。ユータイパの様な、幹の病気を除けば、病害での不安要素は、旧世界のワイン産地ほどはありません。
恵まれた気候のお蔭で、ヴィンテージ差もあまり無く、果実は安定して十分な熟度を得ることができます。そうした背景もあり、テロワールについては、懸命にアピールしなくとも、良かったところがありました。
しかし、今では、バロッサ・グラウンズの取り組み以外でも、クナワラやマクラーレン・ヴェール等で土壌の調査、分析が行われています。
南オーストラリア州のマクラーレン・ヴェールは、アデレード・ヒルズの西に隣接。一般的には北部が痩せた土壌、南部が肥沃と言われますが、様々な異なる土壌を綿密に特定。地質学者が集い、2010年には地図に纏めて、その後、更に2019年には最新版に改定しています。
オルタナティヴ品種
栽培上位を占める主流のブドウ品種以外の代替品種、オルタナティヴ品種。じわじわと増えて、輸出市場でも受け入れられています。オーストラリア全土の5%にも満たない栽培面積ですが、ピノ・グリ―ジョの成功に続く可能性があります。
温暖化の影響に加えて、生産者が祖先の出身国のブドウ品種を栽培してみたいという場合も。世界各国の、多くのブドウ品種の栽培が試行されています。
アデレード・ヒルズでも、イタリア品種が栽培されていますが、この産地で熱烈売り出し中なのはグリューナー・フェルトリーナー。オーストラリア全土のグリューナー・フェルトリーナーは殆ど、ここに集まっていると言っても良いくらいです。21世紀初頭に、「グリューナー栽培者グループ」を立ち上げて、産地全体で栽培、醸造、マーケッティングの情報交換を促して地域を盛り上げて行ったのです。
他にも、オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)という国の総合研究開発機関も、動いています。例えば、スペインのスモルという品種と、カベルネ・ソーヴィニョンとの交配からシエナというブドウ品種を開発。ヴィクトリア州を本拠とする生産者、ブラウン・ブラザーズで既に、栽培されています。
栽培・醸造
栽培技術でも、変化が起きています。植栽密度は、畑で使用するトラクターなどの農業機械の操業を考慮して、ヘクタール当たり、1,100~1,600本程度が普及していました。
ところが、最近では、冷涼な気候の産地で、畝間1メートルという密植も採用されています。また、エレガントなワイン造りの傾向を反映して、ブドウの摘み取り時期も早くなりました。醸造でも、野生酵母の採用、スキン・コンタクト、新樽から古樽、小樽から大樽への移行、アンフォラや、コンクリート・エッグの使用などが、あちらこちらで行われています。
グローバル・リスク
オーストラリアにとって、海外市場はとても大切です。しかし、2021年のオーストリア・ワインの輸出額は、ボトルワインで前年から29%もの減少となりました。主要因は、中国向けの輸出の激減です。
オーストラリアは2015年に中国とFTA(自由貿易協定)を結び、同国向け1位の輸入のシェアを獲得。ところが、コロナ・ウィルスの発生源を追求したことを契機に、2020年末に中国はダンピングへの対抗措置として、関税を課すと宣言。最大218%のアンチダンピング関税が発表されました。
トレジャリー・エステートは、瞬時に11%の株価を失ったと言われています。現代は、ワインといえど、世界の政治や経済の変動には無縁でいられません。世界が平和で、ワインを愛する世界中の人たちが笑顔で、一緒に乾杯できることを祈りたいですね。
4. オーストラリアワインのまとめ
新世界のワイン産地の中でも、自国で独自の研究・開発を進め、現代的なワイン造りの体制を築いたオーストラリア。ブドウ品種はオーソドックスな国際品種ですが、恵まれた気候と優れた技術で、豊かな果実味とピュアな味わいに仕上げます。産地も、温暖産地と一括りでは無く、一つ一つの産地を丁寧に見ていく必要がありました。ワインのスタイルも、シラーズだけでなく、リースリングやセミヨンが独自のスタイルを花開かせています。
アカデミー・デュ・ヴァンでは、ワイン総合コースのStep-I、IIをはじめ、さまざまなクラスで、オーストラリアのワインをご紹介しています。