ワイン・エキスパート、WSET、MWみたいなワイン系の難関資格試験に合格するには、いろんなことを覚えなきゃならない。このシリーズでは、受験勉強には何の役にも立たないし、知らなくてもなにも困らないけれど、誰かに話したくなる面白雑学系の知識をクイズ形式で紹介する。第3回目は蘊蓄の宝庫である「ムートンのラベルを描いた芸術家」について。
文/葉山 考太郎
【目次】
問題1:ムートンには、2種類のラベルが存在するが?
問題2:ムートンのラベルの中には、原画と微妙に違うラベルが2つある
問題3:お騒がせ画家、バルテュス。実は意外な日本人男優と深い親交が
問題4:ロシア人画家、ワシリー・カンディンスキーが「発明」した「絵画技法」とは?
問題5:ムートン画家の中で、最も長生きした画家はだれ?
問題1:ムートンには、2種類のラベルが存在するヴィンテージが2つある。1つは、児童ポルノ疑惑で別ラベルに差し替えた1993年(バルテュス作)。もう1つは?
(1)1978年(ジャン=ポール・リオペル)
(2)1979年(堂本尚郎(どうもとひさお))
(3)1980年(ハンス・ハルトゥング)
(4)1981年(アルマン)
答え1:(1)1978年(ジャン=ポール・リオペル)
当時、ムートンのラベル用に絵を描くことは画家として大したステータスはなく、カナダ人の芸術家、リオペルは、5枚の紙皿にサラサラとテキトーに色を塗ってムートンに送った。受け取ったムートンは大いに悩む。「同じ大きさで、模様が微妙に違う紙皿をどう並べればイイんだ?」 試行錯誤して、5枚のうち4枚を並べたバージョンが2つ最終候補に残る。どちらも捨てがたいということで、2種類のラベルができた。これが、2本買わせる「ムートン最初の抱き合わせ商法」。
もう1つの「差し替えラベル」は、1993年ヴィンテージで、大騒動の結果、2つのラベルになる。20世紀最後の巨匠、バルテュスがクロッキーでサラサラっと描いた少女ヌードをアメリカのATFが「児童ポルノ」に認定し、代わりに白地のラベルに貼り換える騒ぎになった。アメリカでアルコール飲料を監督するのがATF、通称、アルコール・タバコ・火器局(2003年から、爆発物:Explosiveも含む)で、同局がムートンのラベルに待ったをかけたのだ(ATFは、度が過ぎると人生を破滅させる物を扱うので、個人的にはギャンブルの「G」も入れてほしい)。
当時のバルテュスは80歳超の高齢で、人間嫌いで物凄く気難しい。いくら気の強いムートンのフィリピーヌ夫人でも、「別の絵を描いて」とは頼めないし、筋金入りのロリコンであるバルテュスが、少女画以外を描くとも思えない。別の画家の絵を使うとバルテュスが激怒するだろうと考えたのだろう。かくして、フィリピーヌ夫人は、アメリカ向けの30,000本(2,500ケース)を絵のないラベル(正確には、原画の背景の乳白色)に貼り換え、アメリカ市場で販売。2種類のラベルがあることでコレクターの人気を集め、凡庸なヴィンテージの1993年がバカ売れしたのは、有名なお話。
バルテュスは2001年に死去。棺の蓋の釘も朽ちた2017年、再び、「バルテュス騒動」が勃発する。ニューヨークのThe MET(メトロポリタン美術館)に対し、同館が所蔵する『夢見るテレーズ』を撤去せよと市民運動が起きたのだ。この絵は、バルテュスの代表作で、2014年に東京都美術館でバルテュス展があった時の目玉的作品。ポスターやチケットにもなったので、覚えている人も多いだろう。アメリカの良識ある人々は、「この絵は児童ポルノなので、The METで展示するな」とネット署名を開始。1万筆以上も賛同者が集まった。
同年は、ハリウッドやニューヨークで、セクシャル・ハラスメントに遭った女優や有名人が被害にあったことを次々にカミングアウトし、セクシャル・ハラスメント防止の上で記念すべき年。その流れのおこぼれをもらったのが「テレーズ嬢」だ。バルテュスは、川端康成など多くの芸術家同様、ディープなロリコン。この作品がダメなら、バルテュスがこれまで描いた絵のほとんどがアウトになる。『ギターのレッスン』なんて、即焼却処分になるはず(良い子は画像検索してはいけません)。芸術とロリコンの線引きは難しい。
結局、The METは、『夢見るテレーズ』を撤去するつもりはないと声明を発表。20世紀だけでなく、21世紀でも騒がれたバルテュスは、本物の大物芸術家ということ?