香りや味わいの表現として今でも良く話題にでてくる「ミネラリティ」。テロワールの表現として土壌との関係を疑わない陣営。一方で、頭からその存在を否定して単なる還元香と断定する反対陣営。科学者、ジャーナリスト、ワイン愛好家のジェイミー・グッドが絡まった糸をほぐしてくれる。
文/織田 豊
【目次】
①土壌のミネラルとは
②ミネラリティの現実
③酸と塩味からミネラリティを感じるか
④やっぱり土壌から生まれてくる?
⑤まとめ
①土壌のミネラルとは
ジェイミー・グッドは、植物生物学の博士号を持った、イギリスを拠点に活動する世界的なワイン・ジャーナリストだ。著書も多数あり、更には、ロンドンで毎年開催される世界的なワインコンペティションであるインターナショナル・ワイン・チャレンジの共同議長職も務めている。
http://www.wineanorak.com/me.htm
スティーヴ・ダニエルは、イギリスのワイン小売りチェーンのオッドビンズで1987年からバイヤー業務に長年携わり、現在は流通大手のホールガーテン・アンド・ノヴムでチーフバイヤーを務めている。
https://www.youtube.com/watch?v=kmYRRYZUxXo
https://www.internationalwinechallenge.com/Canopy-Articles/minerality-the-debate.html
対談用にワインをそろえたスティーヴは、言う。「ミネラリティが実際の所、あるかどうかは別にして、ワインの中にミネラリティを探すのが好きだ。だから、私の選んだワインはミネラリティを感じると言われることで知られている。」
ジェイミーは、哲学者っぽい語り口だ。「色々なレベルでこの話題は興味深い。舌や鼻や目や耳から入ってきたものが纏まってワインの味わいとして脳で認識される。それを言葉にかえる。ワイン業界にいる我々は、これを普通にやる。この言葉で表現したものが、逆にグラスの中にあるワインの味わいにどう影響するのかという観点は、丸一日掛かりの議論が必要なほどだね。」
ミネラリティという単語は昨今かなり批判を受けている。2021年現在、未だに世界共通の定義は確立していない。科学的にその香りや味わいと土壌に含まれるミネラルとの直接的な関係性は明確になっていない。そもそも、ミネラルとは何のことを言っているのかすらも曖昧だ。
「ミネラリティの話になると赤よりは白ワインの話になるね。赤ワインにはミネラルを感じさせる物質以外のものが多いという事なのだろうね。」
一般的には、冷涼気候の産地で酸の高めな白ワインで感じられる。果実香でも無く、植物、野菜や動物的な香りとも異なる無機的な印象を持つ香りや触感や塩味を指して言われることが多い。
スティーヴは、アロマティック品種ではミネラリティを感じることが少ないと言う。香りの華やかさがミネラリティを感じる邪魔をするからだ。気候が暖かくなって、ブドウの成熟度が高くなっているのも原因だという。
「ミネラルと言うけれど地質学でいう岩や硬い石などの鉱物のことを言っているのか、植物が根から吸収する鉱物性イオンの話なのか。2つは全く違う話なのだけれど、ごっちゃになっている。それに、直接的に考えてしまって土壌の成分がそのままワイングラスに入り込むということは極めて疑わしいね。」自分自身もミネラリティという単語は使うと認めているが、ジェイミーは冷静に科学的に見ている。
土壌は表面的には違って見えても、植物が取り込む必要がある栄養分でイオン化され水分に溶け込んでいるものは大差無く、適正な範囲がある。
例えば窒素は、植物の成長には非常に重要だが多すぎれば樹勢過多になる。カリウムは水分制御に重要な役割を果たしていて、少なければ収量が落ちてしまう。リンは根系の成長に重要だが大半の土壌で欠乏するようなことはない。
こうした鉱物栄養素もバクテリアが分解して有機物として土壌から吸収するなど複雑な過程を経て植物には取り込まれる。だから、単純に石灰岩や粘板岩の土壌だからミネラルの香りがすると考えるのは短絡的で論拠に乏しいというわけだ。そもそも、そうした鉱石そのものには匂いは無い。
ティスティングのコメントとして、赤ワインで見つかるチェリーの味わいとか、熟成したワインで感じる革のよう香り。当然ながら、ブドウからできたワインにチェリーや革が入っているわけが無い。比喩として使っていることは万人がわかっている。だから、ミネラリティも同じような使いかたをすれば良いのにとジェイミーは思う。
イギリスのアベリストウィス大学の地質学者で自身でもワイン造りの経験を持つアレックス・マルトマンが2010年代に入ってから論文や著書「ヴィンヤーズ、ロックス、アンド、ソイルズ」を発表した。
母岩などの鉱石そのものから植物が直接的に成分を取り込むということは無く、成長に必要な鉱物栄養素を吸収する。鉱石そのものから風味を感じることは無いし、鉱物栄養素にしても全体の0.2%程度という微少な量であり、香りや味わいに直接的に繋がることは無いという論旨だ。
この考え方は広まり、ワイン業界に土壌とワインの関係の「現実」を知らしめた。ジャンシス・ロビンソンMWを始めとした世界のマスター・オブ・ワインやその候補生達にも説得力を持って説いている。与えた影響は計り知れない。
https://www.internationalwinechallenge.com/Canopy-Articles/minerality-the-debate.html