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お気に入りのテラスへ
今年は、ツツジを見られなかった。
桜までは見た記憶があるが、もちろんお花見はできなかった。
久々に外を歩く頃には、咲き終わって茶色くなったツツジの花、そして紫陽花が葉を大きくしていた。
ずいぶん長い間、レストランに行けていない人もいるのでは。
ご存知の通り、この2ヶ月、飲食業界は驚くほどの変化をした。
家に篭りながら、お気に入りのレストランのテイクアウトや宅配を楽しんだ人も多いと思う。
予約の取れない人気店が予約の取れるお弁当を始めたり、訪れれば3万円はする寿司店が5千円のちらし寿司を販売したりと、「おっ」とそそられるものを、きっとS N Sで目にしたことだろう。
本当に、たくさんのレストランがテイクアウトや宅配を始めた。
店の再開にあたり終了した店がある一方で、継続している店もある。
私自身は、テイクアウトが「新しい生活様式」に加わった。
日常として加えるなら、パスタソースがお勧めである。
味の再現性が高いのだ。少し奮発して美味しい乾麺を買うと、かなり店の味に近いところまでいける。
まとめ買いして冷凍しておけば、ワインを飲むぞという日には特に重宝する。
なんといっても、お気に入りの店の味なのだから、嬉しいではないか。
さて、レストランが店を再開するにあたり、衛生面にかなり気を遣っているのもご存知の通りだ。
客席を間引き、パーテーションを設置する店もある中で、蜜を避けたいなら、一番安心感があるのはテラス席だろう。
そうでなくても、テラスが気持ちいいこの季節だ。
テラスのあるカフェやレストランは、思いの外、多くある。
ネットで探すと、たとえば表参道周辺にも、商業ビルを始めとして、いくつもの店があがってくる。
アカデミー・デュ・ヴァン周辺で、私が時々使うのは、紀ノ国屋の入ったビルの5階にあるステーキハウス「Two Rooms Grill」。
オープンしてもう10年以上経つが、とても広いテラスがあって気持ちいい。
日当たりがよく、夏の昼に訪れたらカトラリーが触れられないほど熱くなっていたこともあった。
今の季節なら昼も夜も気持ちがいいだろう。
肉はもちろんだが、ここのフライドポテトはとても美味しい。
うって変わって個人店となると、なかなかテラスのある環境に恵まれた都会の店は多くないが、とっておきを一つご紹介したい。
西麻布にひっそり佇むイタリアンの、ひとテーブルだけの緑に囲まれたテラス席だ。
交差点から少し入ったところにある「マーレキアーロ」。
わかりにくい場所ではないのに、「こんなところにレストランがあったのか、何度も近くを通っていたのに知らなかった」という人は多いと思う。
特に海の幸の美味しい店で、大皿に盛られた前菜には何種類もの魚介が登場。
この一皿だけでワインが一本開きそうだ。
秋の始めに訪れたとき、突き出しで出た新米があまりに美味しくてびっくりした。
イタリアンに来て、いきなり白いご飯? と驚いたが、季節の一番美味しいものを、まずは一口食べて欲しいという気持ちから、炊き立ての新米だったのだ。
確か、ル・クルーゼで炊いて、蒸らす時間はオーブンに入れると言っていたと思う。
それを聞いて以来、自分でも鍋でご飯を炊いた時は、火を切ったあとの蒸らし時間に、せめてもと鍋にタオルをかけて、なるべく温度を下げないようにしている。
そんなことを思い出しながら、この季節には、最初に何が出てくるだろうとあれこれ考える。
最近見た店のFBの投稿には、手打ちのショートパスタを黙々と作るシェフの写真があった。
泡と突き出しを楽しんだ後は、前菜やあのパスタを食べながら、のんびり次のワインのグラスを傾ける。
ああ、さぞや気持ちがいいだろうなあと、6月の空を見ながら思いを馳せる。
気持ちのいい季節は本当に短い。
梅雨入りもあるが、合間をぬって、夕刻の風にあたりにお気に入りのテラスを訪れられたら最高だ。
どのテラスに行く時も、虫除けは必須である。
▶︎マーレキアーロのウェブサイトはこちら
2020.06.12
浅妻千映子 Chieko Asazuma
J.S.A.認定ワインエキスパート。
1972年東京生まれ。聖心女子大卒、大手建設会社で3年間のOL生活ののち、フードライターに。
著書に『食べたきゃ探そう』(時事通信社)、『東京広尾 アロマフレスカの厨房から』『パティシエ世界一』『江戸前「握り」』(すべて光文社)。『東京最高のレストラン』(ぴあ)採点者としても活躍。パティシエをテーマにしたマンガ『キングスウヰーツ』(全5巻 小学館)の原案を担当。近年は『dancyu』などの媒体でもレシピを公開。人気サイト「All About」でプラチナレシピのガイドも担当している。