濃い色合いのダークチェリーレッド。赤系果実を中心に果実感が豊富で、際立った酸と上手く調和しています。数年前の若めのヴィンテージでも、ブーケを感じることも多く、複雑性も持ち合わせています。タンニンは、少ないとしばしば言われますが、さほど気になりません。アルコールは14%前後でボディも比較的ふくよかな印象。最近のバルベーラは多種多様。薄っぺらな酸ばかりが目立つようなワインは鳴りを潜めています。さらに、樽熟成の有り無しによっても、様々なスタイルが生まれます。
今回は、ネッビオーロが圧倒的に有名な産地イタリア・ピエモンテの、静かなる実力者。黒ブドウ品種、バルベーラに光を当ててみたいと思います。
【目次】
1. 知っておかなきゃ!バルベーラはピエモンテの最大ブドウ品種
2. バルベーラのチャームポイントは高い酸と濃い色合い
3. 気を付けたいぶどうの病気
4. ワイン造り変革の騎士たち
5. バルベーラの美味しいワインが生まれる産地
6. バルベーラを栽培するその他の代表産地
7. バルベーラのまとめ
1. 知っておかなきゃ!バルベーラはピエモンテの最大ブドウ品種
そうです。バルベーラは実はピエモンテの最大ブドウ品種なのです。イタリア全体でも、黒ブドウ品種の栽培面積で、第4位に位置。中世に遡る歴史があると言われていますが、明確な記録があるのは、18世紀末からです。特に、19世紀にフィロキセラが猛威を振るった時代に、収量も多く、品質も安定している為、改植により栽培面積を伸ばします。
生まれは、ピエモンテ南東部の、アスティやアレッサンドラ周辺のモンフェラートと言われますが、ピエモンテのブドウ品種とのDNAの関係性は希薄。実はピエモンテ以外の地域の生まれかも知れないとも考えられています。ムールヴェードルと関連性があるとの説もありますが、はっきりした起源は分かっていません。
比較的晩熟で、4月に芽吹きして、8月にヴェレゾン。9月に掛けてゆっくり成熟して、収穫は、9月下旬から、10月前半となります。完熟しても高い酸が維持されるのが、このブドウ品種の特徴です。
このブドウ品種の強みは、環境適応性が高いこと。広い範囲の土壌、産地特有の微気候の中でも上手く育っていきます。ですので、イタリア以外の産地でも活躍しています。同じピエモンテのネッビオーロは気難しくて、殆どが本拠地のイタリア。それもごく限られた産地でしか栽培されていません。
それでも、本来は、日照が豊かで水はけの良い産地を好みます。標高は、高すぎず低すぎず、300メートル辺りが最適ともいわれます。
樹勢は強くて多産。収量に気を付けて剪定にも気を配らないと、薄っぺらなワインになってしまいます。ギュイヨ、コルドンのいずれの仕立ても使われていて、長梢、短梢剪定のどちらでも、上手く管理すれば、収量、品質は余り変わらないという研究が発表されています。DOCはもちろん、DOCGでも、原産地呼称で定められている、収量制限は比較的、緩めなので、生産者によってワインの凝縮感に開きが出てきます。
因みに、バルベーラ・ダルバDOCでは、ヘクタール辺り70ヘクトリットル。バルベーラ・ダスティDOCGで、63ヘクトリットル。ニッツアDOCGでは、49ヘクトリットルとなります。
2. バルベーラのチャームポイントは高い酸と濃い色合い
バルベーラは完熟しても、高い酸に恵まれます。暖かい産地では、酸がゆるくなりがちですから、強みになります。どれだけ高いのか、総酸度で見てみると、5.5g/L~6.5g/Lくらいのものが多い様です。ブルゴーニュのピノ・ノワールは、5.0g/L~6.0g/L辺り。白ワインの、リースリングは、圧巻の酸の高さで、7.0g/L~9.0g/Lくらいあります。一方、シャブリではものにもよりますが、4.0g/L~6.0g/Lと温暖化の影響もあってか、落ち着いてきています。
もちろん、総酸度だけで、人が感じする酸味を定量化できるわけではありません。現にバランス良く造ったバルベーラのワインは、しっかりした果実感やボディの厚みも有って、酸が突出している印象は受けません。
ですが、赤ワインでは、総酸度が7.0g/Lを越えると収斂性を強めてしまい、ワイン全体のバランスを崩すとの見解も。除酸が必要だとの、専門家の意見もあります。ですから、バルベーラは、かなり酸が高いブドウ品種だということは間違いないと言って良いでしょう。
この恵まれた酸に加えて、濃いルビーの色合いとその可憐な味わいから、イタリア本国では、赤いドレスの淑女と例えられることもあります。そして、その強みを活かして、他のブドウ品種とのブレンドにも採用されています。
国際的にバルバレスコで有名なガヤ。ガヤのバルバレスコは、バルベーラをブレンドしていました。バルバレスコの規定で、100%ネッビオーロが定められたときに、バルベーラを外さずに敢えて、広域のランゲに階級を落としました。2013年のヴィンテージからネッビオーロ100%使用として、元のバルバレスコの名称に戻すまではランゲとして販売していたのです。
他にも、ネッビオーロとのブレンドで著名なものには、バローロ・ボーイズの一人、エリオ・アルターレの「ランゲ・ロッソ・ラ・ヴィッラ」や、ラ・スピネッタ・リヴェッティの「モンフェッラート・ロッソ・ピン」に定評があります。
3. 気を付けたいぶどうの病気
病害にも概して強いバルベーラですが、カリウム欠乏症やリーフロール病には掛かりやすいとされています。
ブドウ樹が成長して、健康な果実を成熟させるには様々な栄養素が必要になります。カリウムはその内の一つで、ブドウ樹の成長と収量に影響を及ぼします。カリウム欠乏症は、ブドウの生理障害の一つで、葉が黄化、枯れ死して、果実が小さくなります。
一方、リーフロール病は複数のウィルスが引き起こす病害。葉の赤変、そして葉が巻く症状がでます。接ぎ木などで伝染しますが、特に広く被害を及ぼすウィルス、GLRaV-3はカイガラムシが媒介。この病害には、根本的な治療方法がないので、カイガラムシを防除します。20世紀には南アフリカで猛威を振るい、大規模な改植が余儀なくされたこともあります。
4. ワイン造り変革の騎士たち
バルベーラの今日の地位は安泰なものではありませんでした。1990年代から、2010年にかけて、バルベーラの栽培面積は半減しました。1960年代以降、質より量で、品質が落ちた付けが回ったのです。
特に、悲しい出来事だったのは、1986年に、不凍液でも使用されるメタノールを、規定値を超えて混入。死者を出したことです。このメタノールですが、毒性が高く、嘔吐、腹痛、視覚障害を起こし、場合によっては死に至ります。
そうした最中、アスティに、ブライダのジャコモ・ボローニャが登場します。1980年代から活躍し、現代のバルベーラの中興の祖とされる人物。早飲みの気軽なワインから脱皮し、長期熟成が可能で複雑なワインが造られます。収量を落として凝縮した果実に、フレンチ・オークの小樽を使った熟成。スラヴォニアン・オークの大樽中心の熟成が伝統的だった、これまでとは異なったアプローチを取り入れました。ボルドー大学教授であり、偉大なコンサルタントで有ったエミール・ペイノーも、1970年代にオーク樽の使用を推奨しましたが、実際に取り入れて普及に貢献したのは、ジャコモ・ボローニャです。
そして、この変革の機運に、アルバでは、エリオ・アルターレ、アスティでは、コッポたちがこれに続きます。
5. バルベーラの美味しいワインが生まれる産地
バルベーラ・ダルバDOC
ピエモンテ南西部から中央部に掛けた、ネッビオーロの最高の産地、アルバ。バルベーラ・ダルバDOCでは、バルベーラを85%使用することが義務付けられています。
ランゲの丘のタナロ川の右岸と左岸いずれでも栽培。右岸は、バローロやバルバレスコの産地を含みます。左岸も、赤ワインでは、同じくネッビオーロ主体のロエロDOCGを有するロエロの丘を含んでいます。
ここではネッビオーロがあくまでも主役。丘の中腹や南向き斜面は、ネッビオーロに譲って、バルベーラは早熟な黒ブドウ、ドルチェットと畑を分け合っています。
バルベーラ・ダルバDOCでは、バローロやバルバレスコを造る生産者たちがバルベーラも造っています。そして、産地最高の畑は、ネッビオーロに割り当てられます。
でも、ラ・モッラのバローロの造り手、ロベルト・ヴォエルツィオは、厳しい摘房による低収量で、バルベーラを使ったワインでは最も高額なワインの一つ、「ポッツォ・アヌンチャータ」を造り出しています。
アルネイスの父としても知られている、ヴィエッティ。19世紀創業の老舗の手による、「スッカローネ・ヴィーニャ・ベッキア」。イタリアのワイン専門誌、ガンベロロッソ最高賞 トレビッキエリ(3グラス)を含めて、様々なワイン雑誌やガイドから軒並み最高評価を得ています。20世紀初頭の古木が栽培されている区画もあります。
バルベーラ・ダスティDOCG
東部のロンバルディア州に近い、バルベーラ・ダスティDOCG。2008年にDOCGに昇格。バルベーラは、最低90%の使用が必要です。最低熟成期間も4か月と規定されています。
ここでは、優先的にバルベーラが良い畑で栽培されます。北部は、サビーアステイアンという砂質が多く、水はけが良い土壌。南部は、テーレ・ビアンシェと分かれます。
北部の砂質を多く含む石灰質泥灰土からはフルボディのワインが、南部の白い石灰岩質土壌からは柔らかいワインが生まれます。バルベーラ・ダスティでは、新樽を惜しみなく使ったもの、長期熟成に値するワインも含めて様々なスタイルが見つかります。
ニッツアDOCG
バルベーラ・ダスティDOCGの、3つのサブゾーンの内、ニッツアが最高峰でした。アスティの都市南部に位置して、暖かく乾燥した気候。熟度が高いブドウが収穫できます。2014年に独立して、独自のDOCG格付けを獲得しました。ニッツアDOCGの誕生です。100%バルベーラ使用が必須で、熟成期間も長く規定されています。
前述した、バルベーラの変革に多大な貢献をしたジャコモ・ボローニャ。
ジャコモ・ボローニャが、亡くなった後は、ラッファエッラとジュゼッペ・ボローニャ姉弟がブライダを切り回しています。有名なワインは、「ブリッコ・デル・ウッチェッローネ」に、「ブリッコ・デッラ・ビゴッタ」。そして、「やったぞ!」という名称のアイ・スーマ。アイ・スーマは、周囲の人々の反対を押し切って、10月中旬に遅摘み。このブドウでワインを造って、素晴らしいワインができたとわかったときの喜びの声を、ワイン名にしたものです。いずれも1万円程度で手に入ります。
バローロ銘醸畑のチェレクイオのワインでも有名なミケーレ・キアルロ。ニッツアの地元の生産者間の協力を提唱しました。今では当たり前の様でも、当時は独立自尊が強い風潮。お蔭で、1990年代にはサブゾーンが認められることになりました。この地元の生産者の集まりは、2002年にニッツア生産協会へと昇華。生産者同士が、ブラインド・テイスティングで、お互い評価をしあうという開かれた団体へと進化しました。
そして、バローロの畑の詳細を解説した地図を記したことで著名な、アレッサンドロ・マスナゲッティ。2018年に、18のコミューンを擁する、ニッツアの畑や区画の地図を作成します。将来的には、バローロと同じように、UGA(追加地理的単位)が認められることを狙っている様です。
ニッツアのワインでもう一つ挙げておきたいワインが、「ポモロッソ」。19世紀末に創業したコッポの手になるワインです。ガンベロロッソでは、最高賞のトレビッキエリ(3グラス)を十回以上も、与えています。
6. バルベーラを栽培するその他の代表産地
ネッビオーロは、世界の栽培面積の7割方が、ピエモンテに集中していますが、バルベーラは、ピエモンテが占める割合が5割強にすぎません。
誰でも知っている有名ワイン、キャンティのブドウ品種サンジョヴェーゼでさえ、栽培面積の9割以上がイタリア国内なのです。ところが、バルベーラは、イタリア国内栽培比率は、8割強留まり。海外でも活躍しているのが分かります。環境適応性が高いのと、しっかりした酸と果実感のバランスも良いので、新世界のワイン産地でも人気が出るのです。その中でも、最も栽培面積が広いのがアメリカで、カリフォルニアがその中心。
イタリア国内
国内では、ピエモンテと州境を接するロンバルディアとエミリア・ロマーニャが有名です。カンパーニャやプーリアと言った、中部から南部に掛けても栽培は見られますが、やはり北イタリアがバルベーラ活躍の中心。
ロンバルディアのオルトレポ・パヴェーゼDOCでは、単一品種のワインと共に、産地最大品種の黒ブドウのクロアティーナを主役にしたブレンドも造られます。
パルマ・ハムや赤い微発砲のランブルスコで有名なエミリア・ロマーニャでも、この産地では、ボナルダと呼ばれるクロアティーナとブレンドされます。微発泡が伝統的なグットゥルニオDOCが代表的です。
カリフォルニア
カリフォルニアでは、1880年代に弁護士のジョン・ドイルがワイナリーを建設、苗木を輸入して栽培を始めます。その後、イタリア移民が積極的に栽培を進めます。大手では、アンドレア・スバルボロが、1881年に創立した、ソノマのワイン会社、イタリアン・スイス・アグリカルチャー・コロニー。カリフォルニアでバルベーラの栽培に主導的に取り組みました。今は、世界最大手の一角、E&Jガロワイナリーに統合されています。
E&Jガロワイナリーは、1960年代に市場投入して、売れに売れた「ハーティ・バーガンディ」用に、早くからバルベーラに目を付けていました。
ブドウ産地の気候区分で有名なアメリン&ウィンクラー。バルベーラには、冷涼なリージョンIやIIでは酸が強くなりすぎるので、リージョンIII以上の温暖な産地を推奨。セントラル・ヴァレーやシエラ・フットヒルズで盛んに栽培されます。その後、激減してしまうのですが、1980年代には栽培面積は一時期8,500ヘクタールと、ピークに達しました。
これだけの盛り上がりを見せたお蔭で、様々なクローンの開発も行われ、果実が大きいFPS02、早熟で果実が小さめな、FPS03,05等が使われてきました。
バルベーラを栽培するその他の産地
こうした主要産地の他にも、アルゼンチンやオーストラリア、南アフリカでもバルベーラは栽培されています。
オルタナティヴ品種で盛り上がりを見せているオーストラリア。まだまだ、ニッチではあるものの、イタリア品種の一つとして注目されています。温暖な内陸の大規模生産で知られているリヴァリーナが主要産地ですが、ハンター・ヴァレーやマクラーレン・ヴェールのブティックワイナリーでも栽培されています。
19世紀にもサンプル的な輸入は有った様ですが、1960年代から70年代に徐々に根付き始めました。ハンター・ヴァレーの西に位置するマッジーのワイナリー、モントローズは1970年代にバルベーラの苗木をオーストラリアに持ち込み、ハンター・ヴァレーの生産者にも広めています。
南アフリカでは、パールのフェアヴューがパイオニア。温暖産地でも酸が高いので、補酸をしないで済み、リッチなスタイルが造られます。一方、強い日差しには日焼けしやすいので、樹冠管理に気を配っています。
7. バルベーラのまとめ
今回は、ピエモンテの最大品種、バルベーラをご紹介しました。日本では、敢えてこの品種のワインを選ばれる消費者は少ないかも知れません。ですが、様々なスタイルと長期熟成の可能性も併せ持つ魅力あるブドウ品種です。
同じピエモンテのネッビオーロと比べれば、栽培も総じて容易。温暖化が進む昨今。しっかり熟しても高い酸を確保できるので、今後、さらに注目が高まるのではないでしょうか?今なら、価格もこなれています。有名な1本を手に入れて、すぐ飲むも良し、セラーに寝かせるのも良しです。アカデミー・デュ・ヴァンでは、吉川麻美先生の講座他、イタリア・ワインを楽しめる講座が盛りだくさん。皆さんのお越しをお待ちしています。