葉山考太郎の新痛快ワイン辞典 Vol.27

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葉山考太郎先生が1999年に出版した『辛口・軽口ワイン辞典』(日経BP社)の続編です。ワインに関する用語が、葉山先生特 有の痛快な語り口で解説されています。今回は、「み」「む」で始まる語をお届けします。

見出し語について

(1) アルファベットで始まる語はカタカナ表記で配列した。【例】AOC⇒エー・オー・シー

(2) シャトーやドメーヌが付くものは、それを除いた見出し語で収録した。【例】シャトー・ラヤス⇒ラヤス、シャトー

(3) 人名は、「姓+名」で収録した。【例】ロバート・パーカー⇒パーカー、ロバート


■み■

ミクルスキー、フランソワ (Francois Mikulski)

1990年代の半ば、彗星のように登場したブルゴーニュの白の五つ星生産者。本拠地はムルソー。ここの看板ワイン、ムルソー・シャルムは超ユニーク。ミクルスキーは、他の生産者同様、フィロキセラ対策として、耐性のあるアメリカ種を台木に接木をした。上に接いだシャルドネの切断部から水を求めて根が出たことがあり、普段はこまめにちょん切っていたが、折りからの世界大戦のため、その暇がなく、気が付くとタコの足みたいに自根がしっかり張り、少し異色の栽培法になったそう。なお、高品質ワインを作るのに、ロシア人を連想させる名前だったため、日本で発売当初の1990年代、ほとんど売れなかったのは本当に可哀そう……。

ミシュラン・ガイドブック (Guide Michelin)

タイヤ・メーカー、ミシュランが1900年から出版するレストラン・ガイド。今では、世界の主要都市で出す。フランスでの出版部数は約60万。覆面評価者が食べ歩きして、星の数で評価する。最高の3ツ星は「そこで食べるためにわざわざ旅行する価値あり(だから、ミシュランのタイヤを履いた車で旅行しろ)」、2ツ星は「近くへ行くなら必ず立ち寄る店」、1ツ星は「優秀な店」。掲載の約1万軒中、3ツ星が20軒前後、2ツ星が約80軒、1ツ星は500軒。メドックの格付けシャトー以上の狭き門で、フランスでは、星の増減が大ニュースになり、時には、星を落としたレストランのシェフが自死したりする。フランスは全てに順番をつけるのが大好きで、例えばバレエの最高峰、パリ・オペラ座のバレリーナの昇格・降格(上位からエトワール→プルミエ・ダンスール→ スジェ→コリフェ→カドリーユの順)が、ミシュラン・ガイドの星の話同様に、大きな話題になる。(関連項目:ゴー・ミヨー)

みりん(味醂)

日本独特の調味料。酒として飲まれないように、ベタベタに甘くしてある。でも、『我輩は猫である』には、日本酒より味醂の方が好きな男が登場するように、晩酌で味醂を飲む人が結構いた。上方落語では、みりんと焼酎を半々でブレンドしたものを「柳陰(やなぎかげ)」と呼んで話に登場するし、江戸では「本直し」と呼んで飲んだ。ある意味、日本版のデザート・ワイン。なお、味醂は少し特殊な調味料なので、「一人暮らしの男の台所に味醂があれば、女がいる」は、女性には常識らしい。ちなみに、ウチのキッチンには、味醂だけじゃなく、利尻昆布、片栗粉、トリュフ塩まであるが、女はいない。トホホ……。

ミロ、ホアン (Juan Miro)

1969年のムートンのラベル、および、1987年のケンウッド・アーティスト・シリーズのラベルを描いた近代スペイン画家三羽ガラスの一人(残りはパブロ・ピカソとサルバドール・ダリ)。ヘロヘロの軟体動物、毛虫、寄生虫みたいな形を好んで描いた。シュールレアリスムでは薬物の幻影作用を題材にする画家も多いが、ミロは貧乏で何日も食えずに空腹から壁に見えた幻覚を描いたらしい。粗食のためか、「スペイン系は長寿」の法則通り、90才まで生きた。ムートン1969年のラベルの真ん中に描いた大きな赤い円はブドウの粒らしい。この年のラベルだけ紙の地色がクリーム色なのが変わっている。


■む■

ムーア、ヘンリー (Henry Moore)

1964年のムートン・ラベルを描いたイギリスの彫刻家。日本にも作品が多数、野外展示されている。縦横高さが数メートルもあるデカい物を次々に作ったので、物凄くエネルギッシュだなぁと思っていたら、自分は小型模型を作り、実物は助手に作らせたらしい。48才で最初の子供が産まれて以来、「母と娘」をモチーフに作品を作る。これが大ヒットして「美術界の重鎮」の仲間入り。1964年のムートンの絵は、三人がロクロを回して湯呑みを作っている感じのユニークな図柄。この「湯呑み」に見えるカップは実は儀式用の聖杯らしい。

ムートン・カデ (Mouton Cadet)

1927年に続き、1930年から1932年の3年間も大不作でムートンのラベルを貼れるワインができなかった。そこで、格落ちのセカンドラインとして出すことに。問題は名前。昔、「カリュアド(畑の区画の名前)」のラベルでリリースしたワインが思ったように売れなかった苦い思い出があるムートンは、「ムートン・カデ(末っ子の意味)」で売り出し、今度は大成功。これに気を良くして、数年後、カデの名前でACボルドーを売り始める。マーケティング上、聞いたことのない地名より、「末っ子」の方が親しみやすいのかも。(関連項目:カリュアド)

むかしのりきゅーる(昔のリキュール)

バーテンダーの常識だけど、昔のリキュールは、例えば、グランマニエの場合、2000年記念ボトルより段違いに質が良い。四国の酒屋には、そんなお宝が手付かずで残っているとの伝説があり、首都圏のバーテンダーがお忍びで仕入れに来る。水原弘の「キンチョール」のアンティーク看板を求めて、田舎のヨロズ屋を訪ねるようなもの。ビールを買うついでを装って「じゃあ、これもいただきます」と、昔のリキュールを買い占めるらしい。買ったあと、店主が取り返しに来ないか心配になり、店を出ると早足になるそう。

むかんさにきゅう(無鑑査2級)

かつて日本酒に存在した格付け。質ではなく、価格に含む酒税の多少で特級、1級、2級を決めた清酒等級に反発し、等級認定を受けないまま(自動的に2級)、時間と製造コストのかさむ高級酒を2級で売り出した意地の日本酒。スーパー・ヴィノ・ダ・ターボラ(SVdT)の日本酒版。1977年、宮城県の「一ノ蔵」が出した「本醸造辛口」が第1号。以降、新潟県の越乃寒梅、宮城県の浦霞などのスターが登場し、地酒ブームが起きた。(関連項目:スーパー・ヴィノ・ダ・ターボラ、全国新酒鑑評会、特定名称の清酒、フランスの地下鉄)

むし(虫)

有機農法のシンボル。ボトルの中に虫が紛れ込んでいると、ワインを飲み慣れていない人は、「製造工程の衛生管理に問題がある」と怒り狂うが、通は「さすが有機農法」と嬉しくなって、みんなに見せびらかす。

ムンムン

ワイン通用語。最高の誉め言葉。グラスに入れたワインから、リキュールのように強烈な芳香が立ち上ったり、皮や醤油系の大きな熟成香がすると、「うわぁー、これはムンムンだなぁー」と声が裏返る。ムンムン・ワインの代表が、アンリ・ジャイエ、DRC、ジャン・グロのようなブルゴーニュのワイン。これがあるので、何度裏切られてもブルゴーニュはやめられない……。

2020.03.27


葉山考太郎 Kotaro Hayama

シャンパーニュとブルゴーニュとタダ酒を愛するワイン・ライター。ワイン専門誌『ヴィノテーク』等に軽薄短小なコラムを連載。ワインの年間純飲酒量は 400リットルを超える。これにより、2005年、シャンパーニュ騎士団のシュヴァリエを授章。主な著書は、『ワイン道』『シャンパンの教え』『辛口/軽口ワイン辞典(いずれも、日経BP社)』『偏愛ワイン録(講談社)』、訳書は、『ラルース ワイン通のABC』『パリスの審判(いずれも、日経BP社)』。

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