*連載コラム「堀晶代の知っておきたいブルゴーニュ&シャンパーニュのエッジなお話し」のアーカイブページはこちら
シャンパーニュの若い世代、RM(レコルタン・マニピュラン)などが選ぶ道は?
フランス在住の友人たちで、シャンパーニュなど主要産地のワインの日本への輸出を扱う方々から、ふうっとため息交じりの電話やメールが届く。
「いやぁ、シャンパーニュのブドウのキロ単位の価格は、2019年の収穫でも上がってしまいましたね、、、」と。
シャンパーニュにおけるブドウのキロ単位の価格は、売り手と買い手の自由取引だ。
昨年のキロ単位の平均価格はまだ正確に把握していないものの、一産地としての平均的な価格は、おそらくシャンパーニュが世界で最も高い。
過去20年を振り返るとリーマンショックや、今年に入ってからは米国からの報復関税(これは回避した)、そして先の見えない新型コロナウィルスの拡大までもが降りかかってきたが、さまざまな不況をくぐり抜け、現時点ではシャンパーニュの需要は急降下の兆しを見せていない。
長期的な視点で見ると、この強いシャンパーニュへの需要が、シャンパーニュの若手生産者に進むべき方向性の二極化を示している。
私が初めてRM(レコルタン・マニピュラン)の会長を取材したのは2000年代初頭。
当時は、このコラムでも書かせて頂いているブルゴーニュで自社瓶詰めを1990年代に始めた世代が華開き、次世代が今世紀前後に積極的に自社瓶詰めに移行していた。
いっぽうで、いわゆる自然派と言われる生産者が、他業種からもワイン造りに参画。新しい自然派世代は地価の高い畑は購入できなかったが、フランスのマイナー産地から次々と注目すべきワインを造り出した。
よってシャンパーニュでも、このような若手の動きがあると考えての会長への取材だった。しかし会長の答えはキッパリと「ノン」。
理由はおもに2つあった。
一つ目はシャンパーニュの複雑な醸造工程や、熟成のためのスペースを考えると、他の産地のよりもワイナリーを立ち上げるのが難しいこと。
そして二つ目は、シャンパーニュのブドウのキロあたりの価格は、すでに当時でも他の産地よりも全体的に高く売れたからだ。
要するに資金と時間をかけてシャンパーニュを造るよりも、ブドウを売る方が手っ取り早く収入になる。
個々のワイン産地は、いろいろな考えや手法を持つワイナリーの存在、そして世代の入れ替わりによって刷新し、成熟していく。
しかし残念ながらシャンパーニュにおいては、この法則は当てはまらないようだ。
シャンパーニュの世代交代(とくにRMにおいて)は、1990年代のジャック・セロスの台頭から今日まで、2から3世代かけて、より精緻に研ぎ澄まされている。
気候も変動する中、環境とブドウの品質を尊重する栽培や、ブドウ(ひいてはテロワール)を表現する醸造が、チャレンジ精神をもって推進されている。
シャンパーニュの法的な製造過程により、ひとつの実験は少なくとも2年後くらいにしか最終結果を確認できない。これは想像以上に情熱と根気を要するが、新世代は黙々と取り組んでいる。
だが当然ながら、このような努力をすべての新世代に強いられる訳ではない。
ブドウの価格が上がるにつれ、大手メゾンにブドウを売る比率を増やすRMや、それ以前に地価の上昇をうけ畑そのものを売る選択肢もある。
輸出販路を確立できているRMはまだしも、(国内)個人顧客が主な販路であるなら尚更だ。
フランス国内のシャンパーニュ需要は12月がピーク。
しかし2018年末は「黄色いベスト運動」、続く19年末は年金制度に対する大規模なストで経済は麻痺した。今年末に販路を拡大できる保証はない。
大手メゾン系のサステイナブルへの取り組みなどが大々的なニュースになり、そこには品質とイメージの向上が期待できるが、個々で多様性を追求してきた新世代からは、「大手メゾンによる吸収、そしてシャンパーニュの個性の画一化」という不安も生まれている。
大手メゾンの経済力や、今後のフランス・世界経済の動向によって、若い世代が選ぶべき道はどこに向かうのか?
2020.03.13
堀 晶代 Akiyo Hori
J.S.A.認定シニアワインアドバイザー、栄養士。
酒販店でのワイン販売を経て、2002年に渡仏。現在は大阪とパリを拠点に、ワインライターとしてフランスやイタリアを訪問。生産者との信頼関係に基づいた取材をモットーにしている。
おもに「ヴィノテーク」「ワイナート」などの専門誌に寄稿。
著書に「リアルワインガイド ブルゴーニュ」(集英社インターナショナル)など。