カリフォルニアでは無名だったローヌ品種に光をあてた「ローヌ・レンジャーズ」。その元祖と言えるのが、ランダル・グラハムだ。ティム・アトキンMWのインスタグラムやポッドキャストでインタビューの模様が公開されている。カリフォルニア・ワインの歴史を彼の歩みをたどりながら、一般的に良く知られている視点とは違う角度から学ぶ。
文/織田 豊
【目次】
①古き良き時代
②ローヌ・レンジャーズ
③純粋無垢な変わり者
④将来のカリフォルニアに残すもの
⑤まとめ
① 古き良き時代
1960年代のロバート・モンダヴィに代表されるブティックワイナリーと有名生産者の登場。1976年のパリスの審判。カルト・ワイン。絶大な影響力を誇った評論家のロバート・パーカー。カベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネを中心とした有名ブドウ品種のヴァラエタル・ワイン。
こうした流れをカリフォルニアの近年の歴史だとすれば、ランダル・グラハムはそうした華々しい潮流からは距離を置いてきた。自身の好奇心と探求心のおもむくままに様々な試みを繰り返す。その向かう先は純粋にテロワールを映すワイン。はたから見れば、変わり者にもみえるが実にピュアなワイン・メーカーだ。
彼は一貫して好奇心旺盛で新しい挑戦が好きだった。いち早く、マイクロ・オキシジェネーションを試し、高級ワインにだってスクリューキャップを取り入れる。進取の精神に富んでいる。泣く子も黙るロバート・パーカーだって公然と批判してみせる。
カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校で哲学を学びハイデガーに取り組みながら、ワイン・ショップで働いた。この時にワインに出会ってしまったのがすべての始まりだった。
1970年代はワイン好きには良い時代だった。ボルドーは1973年の大掛かりな詐欺事件「ワイン・ゲート」の後遺症で価格が暴落していた。「オーナーが毎晩ボルドーの1級をあけてくれるんだよ。当時は8ドルくらいでもかなりいいボルドーが飲めたね。」
ブルゴーニュだって、現在のような天文学的な価格ではなかった。今では、学生が飲むなんて、ちょっと考えられないヴォギュエのミュジニーのマグナムをご相伴に預かって彼の探求の対象は哲学からワインに変わった。早速、カリフォルニア大学デーヴィス校で学びなおす。
ティム・アトキンMWのインスタグラム・ライブ、ポッドキャストでも特集されている
当初はブルゴーニュ・スタイルのピノ・ノワールをカリフォルニアで造りたいと思った。けれど、カリフォルニアの大地でブルゴーニュのコピーを造るのに何の意味があるのだろうと思うに至った。
影響力が大きいカリスマ・インポーターで作家のカーミット・リンチもカリフォルニアにローヌ系ブドウ品種が向いている筈だと後押しをした。
「シラーに冷涼気候が向いているとか、グルナッシュで赤ワインができるという事すら誰も知らなかったんだ。ムールヴェードルなんてカリフォルニアに存在している事すら知られてなかった。」
1983年にランダルが立ち上げたボニー・ドゥーン・ヴィンヤード。商業的に成功を収めたにもかかわらず自分の理想を追い求める為に昨年、売却を発表した。
彼の有名なキュヴェ、ル・シガール・ヴォランの初ヴィンテージは1984年。シャトーヌフ・デュ・パプへのオマージュを抱いて造ったワイン。伝統的なローヌ品種で造られている。なのに、なぜかラベルにUFOが描かれている。
時代は1950年代の昔、北米と欧州でUFO目撃騒ぎが社会現象になっていたころ。フランスでも葉巻型のUFOを見たという情報が駆け巡ったそうだ。それで当時の市長がシャトーヌフ・デュ・パプの上空と畑へのエイリアン侵入を禁止するという奇想天外な条例を定めたのだ。彼は、この珍事も併せて「オマージュ」してしまった訳だ。
なんともいえぬ「オタク」ぶりならぬアート魂を発揮している。ともあれ、お味の方は米国のワイン有名雑誌が軒並み90点超えの高評価。日本では滅多な事では手に入らない。
ル・シガール・ヴォラン。ボニー・ドゥーンのフラッグシップワイン。2018年のヴィンテージから当初のグルナッシュ、ムールヴェードル、シラー中心のブレンドをサンソ―比率を増やしたスタイルに変えた。
② ローヌ・レンジャーズ
そして、1989年4月号の米国のワイン雑誌ワイン・スペクテーター誌の表紙を元祖「ローヌ・レンジャー」として飾ることになる。華々しいというよりも、少々「イロモノ」的な登場の仕方ではあった。
「ちょっと、写真を撮りたいんで、馬を連れて来てくれないかな?馬は白いのがいいんだけど。」と無理を云われた。更に仮面をかぶって青いポリエステルのスーツまで着てくれと頼まれた。
1940~60年代に全米で大人気だった「The Lone Ranger」の、いで立ちだ。西部劇風のヒーローもので、最近ではジョニー・デップが、映画版に出演している。
ローヌ品種はいわゆるGSMといわれる黒ブドウ、グルナッシュ、シラー、ムールヴェードルを中心に、白ブドウではヴィオニエ、マルサンヌ、ルーサンヌなどが今は良く知られている。けれど、当時はカベルネやシャルドネ以外はせいぜいジンファンデルどまり。
こうした中で、ランダルやジョセフ・フェルプスなどの一握りの生産者たちが流れに逆らって挑戦を続けて「ローヌ・レンジャーズ」の名称が定着して行った。今では100を超える全米の生産者達から成る団体に成長している。
③ 純粋無垢な変わり者
2000年代初頭には、無視できなくなっていた「ミネラリティ」というワインの香りや味わいの表現。いまだにワイン好きが集まると喧々諤々の議論が始まりそうだが、ランダルは実際に花崗岩やら粘板岩をワインに放り込んで実験してしまうところがすごい。
「馬鹿げたアィデイアではなかったと思うよ。だけど、ミネラルを抽出し過ぎてしまったので、pHは上がってしまうし、当局からも販売許可が得られなかったんで捨てるしかなかった。」そもそも売ろうとしていた訳で、すごいエピソードだ。
とかく突飛な手法が目立ってしまうランダルだが、それもこれもテロワール信奉者で有るがゆえだ。
「テロワールから造るワインが好きだね。自然を取り込むことで複雑味が出てくる。新世界が成功してきたのは、ワインの造り手の努力だった。努力をしているから、一貫性を保つことができる。でも生産者がワインのスタイルに強い影響を与えてしまう。だから結局、ワインは造った生産者自身のレベルを超える事はできない。」
テロワールのワインから現代のワインは大分離れて来てしまったと警鐘を鳴らす。「新樽をたっぷり使って、アルコール度数も高くて灌漑を活用するワイン造りではテロワールの特徴が失われてしまう。アンチ・テロワール的になってしまう。」
ティム・アトキンMWがティスティングをしているグルナッシュをほめまくった後に「ところで、これはゴミ容器でブドウを発酵させたんだ。もちろん、無菌状態でだけど。」と言って、ティムを笑わせる。「ホームワイン・メーキングのような(低)レベルの醸造をしてできたワインだよ。」と言ってさらに沸かせる。
でも、実はこれには裏話がある。ランダルはワイン造りにはブドウそのものの方が造る人よりも大切だという考えを強く持っている。だから敢えてゴミ容器でブドウを発酵させる実験をした。それでも素晴らしいワインに仕上がることを証明したかったという訳だ。
なので、ビオディナミも微生物の多様性をうながして土壌を健康にするので評価している。「ワインを活き活きとさせる。微生物が土壌の力を増幅させるんだ。」その一方で、その提唱者であるルドルフ・シュタイナーのことは哲学者としては大して認めていないと言いのけてしまう。
④ 将来のカリフォルニアに残すもの
一時は年間45万ケース程度を販売していた会社も人手に譲った。今はクラウド・ファンディングを募って始めた、サンタ・クルーズの南東に位置するブドウ畑、ポペルシュンで将来のカリフォルニアのワイン造りに向けた壮大な実験に取り組んでいる。この地で一万種類のブドウを生み出そうというのだ。
「2つのプロジェクトをやっていて、ひとつは品種の自動調整と言えばいいのかな。南イタリアのガリオッポやマリオッポのように忘れ去られてしまった土着品種を自家交配して品種を改良しようとしている。」
しかし、ヨーロッパ系品種のブドウ樹のヴィティス・ヴィニフェラは雌雄同株。交配はできても親の遺伝子をそのまま受け継がずに似ても似つかぬブドウを生む場合がある。劣勢遺伝の傾向も強い。簡単なことではない。
「もうひとつは交配で新しいブドウ品種をつくる事。ただ、新しい味わいというものは、本当に素晴らしいものなのかは生まれたその時はわからないと思う。ネッビオーロやカベルネだって、最初はおそろしげなものに感じられたのかもしれない。素晴らしいブドウ品種ってユニークだから、凄いものだと理解される迄には時間が掛かると思う。」
将来に向けて、病気や干ばつ、温暖化への耐性を備えたサスティナブルなブドウ品種を残して行けないかという視点も持っている。
「もう少し現実的なところで、できそうなことは、遺伝子的に異なるブドウ品種を混植すること。多様性を活かして素晴らしいワインを造れないだろうかという事なんだ。」
多くの特徴をもったブドウ品種が混植されてハーモニーを奏でる。それがワインに複雑味を与えるという発想だ。品種の個性がワイン全体に溶け込んでゆき、テロワールを映し出す。
ヴァラエタル・ワインがカリフォルニアに根付いたのは1950年代前後を通して活躍したジャーナリストのフランク・スクーンメーカーとロバート・モンダヴィの功績が大きい。
当時は欧州銘醸地の地名をワイン・ラベルに借用するようなお寒い状況だった。そうした悲惨な環境から脱却してカリフォルニア・ワインが世界地図に姿を現す為には正しい方向性だった。ランダルは、このヴァラエタル・ワインの文化にも今や一石を投じている訳だ。
この実験的なブドウ畑、ポペルシュンの名前はこの地に住んでいたアメリカ先住民の言語で「楽園」を意味する。ともすれば、時代の先を走ってしまい理解されないことも多かったランダル。彼が残す「楽園」がカリフォルニアの将来のワイン造りに大いに貢献するのを楽しみにしたい。
⑤ まとめ
今回は、カベルネやシャルドネ全盛の時代を迎えるカリフォルニアでローヌ品種を選んだランダル・グラハムの足跡をたどって当時の時代背景を振り返った。
また、新しいブドウ品種の開発に様々な取り組みが進められているカリフォルニアでも、個人の生産者みずからが大規模な実験に取り組んでいることは注目に値する。
ちょうど、この記事を執筆している最中に、全米最大のワイナリーのガロがランダルとプロジェクトを組んでローヌ品種のワインを売り出すとニュースになっている。カリフォルニアの保守本流との異色の組み合わせだからだ。この記事を読んだ読者なら、なぜ話題になっているのかが良くわかる筈だ。
フリーランス・ワインライター。未曾有のパンデミック自粛生活化で、月間20本以上のオンラインセミナー(ウェビナー)を視聴し、「お茶の間ワイナリー訪問取材」を積極的に重ねる。WSET最高位Diploma資格に最短ルートで合格(全ユニット一発合格)。JSA認定ワインエキスパート。英検1級&TOEIC945点。