新宿御苑のほど近く、静かな通り沿いに、「RAMEN MATSUI」という小さなラーメン店があります。ラーメン好きの方はもちろん、ワイン愛好家たちの間でも話題になっています。開店からわずか1年足らずで、ミシュランガイドに掲載されました。ラーメンとワイン──。一見交わらなそうなふたつを、自然なかたちで結びつけたのが、女将の松井歩さんです。しかし、その華やかな成功の裏側には、地道な努力と、絶え間ない学びがありました。
【目次】
1. ワインの世界への扉を叩いた日
2. 努力はどこかに繋がっている──ワインが教えてくれたこと
3. ラーメンにワインを
4. ミシュランガイドに掲載されて
5. そして、夢のようなできごと
6. ソムリエ資格を取って見えた景色
7. 迷っているなら、一歩を踏み出して
8. おわりに
新宿御苑のほど近く、静かな通り沿いに、「RAMEN MATSUI」という小さなラーメン店があります。ラーメン好きの方はもちろん、ワイン愛好家たちの間でも話題になっています。開店からわずか1年足らずで、ミシュランガイドに掲載されました。ラーメンとワイン──。一見交わらなそうなふたつを、自然なかたちで結びつけたのが、女将の松井歩さんです。しかし、その華やかな成功の裏側には、地道な努力と、絶え間ない学びがありました。
1. ワインの世界への扉を叩いた日
私がワインに本格的に興味を持ち始めたのは、銀座の高級クラブで働いていた頃です。年々ワインを愉しまれるお客様が増え、高級ワインをいただく機会も増えました。せっかくのワインの価値がよくわからず、「あなたはどんなワインが好き?」と聞かれても、自分が好きなワインがどういうワインなのか、どう言い表せば伝わるのかもわからなくて、機会には恵まれているのに随分もったいないことをしている気がするな…と思っていたところ、「少しでも興味があるならチャレンジしてみたら?」と背中を押してくれた人がいて、ソムリエ資格に挑戦することを決めました。2020年のことでした。
2. 努力はどこかに繋がっている──ワインが教えてくれたこと
先に資格を取得していた先輩に勧められたアカデミー・デュ・ヴァンに入学。
学び始めた最初の一か月はなかなか学習が進まず諦めかけましたが、受講生同士で励ましあったり、わからないところを教えあったりしてどうにか気持ちを保てました。家中の壁という壁、冷蔵庫やトイレやお風呂場にまでワイン生産地の地図や用語などを貼って、すきあらば暗記アプリで復習、二次試験対策では毎日小瓶練習、まさに寝ても覚めてもワイン漬けの日々でしたが、甲斐あって2020年12月にソムリエ資格を取得できました。

暗記のために家じゅうの壁に貼った用語や地図
また、このソムリエ試験に挑んでいる期間に出会った現在の夫は、後に集中して一生懸命がんばっている姿を見て努力家なところに惹かれたと話してくれました。どうやら、ソムリエ資格と同時に夫のハートも手に入れていたようです(笑)
努力はどこかに繋がっている──それも、ワインが教えてくれた大切なことのひとつです。
3. ラーメンにワインを
2023年5月10日。新宿御苑近くに物件を見つけ、夫とふたりで「RAMEN MATSUI」をオープンしました。ソムリエ資格を取得し、日頃から「この料理にはどんなワインが合うかな?」と考える習慣がついていた私にとって、「ラーメンにワインを合わせる」のは、すごく自然な発想でした。
「鶏とシジミの醤油ベースにはピノ・ノワール」「貝出汁の塩ラーメンには、アルバリーニョ」と、ワインが自然に浮かんできました。でも実際にお店でワインを提供してみると、鶏とシジミの醤油にアルバリーニョ、貝出汁の塩にピノ・ノワールを合わせる方もいて、こちらの思惑通りに選ばれるわけではないのだと知りました。
そこで今は、イタリア・ヴェネト州の親しみやすいピノ・ノワールや、フランスのシャブリなど、いろいろな食材に幅広く馴染むワインをお出ししています。
鶏としじみの醤油、しじみと帆立の塩、煮干しと節の煮干スープ──異なる3種類のスープを、それぞれの素材を大切にしながら、手間ひまを惜しまず丁寧に仕込んでいます。「お気に入りのラーメンとお気に入りのワインをペアリングで楽しむ特別な時間~…」と感じていただけたら嬉しいです。
そんななかでも、煮干しスープとピノ・ノワールの組み合わせがとても好評で「煮干しと赤ワインがこんなに合うなんて」と驚かれるたび、心の中で小さくガッツポーズをしています。
4. ミシュランガイドに掲載されて

2024年10月ミシュランガイドにビブグルマンとして掲載されることが決まりました。
ウェスティンホテルで開催された華やかな授賞式でRAMEN MATSUIの名前が呼ばれ、夫が壇上に上がる姿を見て「目指してきた場所に、ちゃんとたどり着けたんだなあ」と、自然に目頭が熱くなりました。
そして、ミシュランガイドに掲載されることが発表された瞬間から、ご近所の方や常連のお客様から「おめでとう!」「自分のことのように嬉しいよ!」などの嬉しい言葉をたくさんいただきました。オープンから毎日ただ黙々と頑張ってきたけれど、いつの間にか、自分たちの周りにこんなにたくさんの応援してくれる人たちがいたことに驚き、とても心が温かくなりました。
銀座のクラブで働いていた頃もとても華やかな毎日ではありましたが、こうやって自分たちがコツコツ地道に努力していることで、周囲の方々と喜びを分かち合えるというのはRAMEN MATSUIを始めるまでは知らなかった新たな喜びです。

ミシュランガイド掲載を祝って、アカデミー・デュ・ヴァンのクラスメイトと
5. そして、夢のようなできごと
さらに2025年3月、夢のような出来事が起こりました。なんとメジャーリーグ開幕戦で来日していたドジャースのベシア投手とバーンズ捕手ご夫妻が、RAMENMATSUIに来店してくださったのです。

ロサンゼルス・ドジャースのバーンズ夫妻(左)とベシア夫妻(右)が来店
バーンズご夫妻のオーダーはワンタン醤油とワンタン塩、バーンズ捕手は元々ワンタンが好きでよく食べるけど、ラーメンと一緒に食べるのは初めてとのことでしたが、「麺もスープもワンタンも最高においしい、とっても良いよ!」と目の前で感激しながら食べてくださいました。ベシア投手は醤油ラーメンの後に醤油ワンタンもお代わりして2杯をペロリ、奥様は塩ワンタンを「これまで食べたラーメンの中でベスト、10点満点中1000点よ!」と大満足してくださいました。世界中の何だって手に入れられそうな人たちにも自分たちのラーメンが喜んでもらえるのだと知って、毎日頑張ってきてよかったなと日々の努力が昇華されるような気持になりました。
うちのラーメンの具材の中でも、私が特に力を入れているのがワンタンです。オープン時から試行錯誤してきましたが、最近はワンタンの肉餡に白ワインを加えたことでさらに風味が良くなりました。トゥルトゥルのやわらかい皮がスープを含み、女性でも一口でトゥルっと食べていただける自慢のワンタンで、赤白どちらのワインにもよく合うように作っています。
6. ソムリエ資格を取って見えた景色
ミシュラン掲載、食べログ百名店、ドジャースの選手の来店と嬉しい出来事が続いていますが、あのときソムリエ試験に挑戦していなければ、今と同じ景色が見えていたかというと、もしかしたら全く違っていたかもしれません。
勉強も仕事もコツコツ努力することで、誰かの信頼を得たり、まわりまわって想定していなかったものが自分の前に差し出されるような気がしています。
ソムリエ資格の知識を得たことで、ワインを通してワインラバーの方や生産者の方など、いろいろな方と楽しくお話ができるようになり、自分の周りの世界が大きく開けて、まるで新しい世界の扉が開いたように感じています。
7. 迷っているなら、一歩を踏み出して
私は40代後半の所謂ロスジェネ世代で、思い返せば波乱万丈な人生でしたが、それでもどうにか楽しく生きてこられたのは、ちょっと背伸びして難しそうなところにチャレンジしてきたおかげかなという気がしています。いつも、ポジティブな気持ちで一歩踏み出せば、何かしらラッキーなことに遭遇する確率が上がるんじゃないかな~と思っています。
これからの目標はとてもシンプルです。食もワインも、探れば探るほど奥が深い世界です。焦らず、ひとつひとつ積み重ねながら、これからも同じようにコツコツと、もっと深く、もっと美味しく。私たち夫婦が知る最も美味しいに少しずつでも近づいて行きたい。自分たちらしい味を、これからも探していきたいと思っています。
新宿御苑の静かな通りで、今日も「RAMEN MATSUI」の暖簾がそっと揺れています。
ラーメンとワインをつなぐお店。松井歩さんの挑戦は、これからも、ゆっくりと、でも確かに続いていくことでしょう。
プロフィール
松井 歩(まつい あゆみ)
RAMEN MATSI
- 星座:魚座
- 血液型:B型
- ワイン以外の趣味:ヨガ
- 好きな食べ物:ワンタン
- もし生まれ変わったら何になりたい?:人
- 酔っぱらったらどうなる?:適当になる
- 人生を変えたワイン:Château Mouton Rothschild 2013