ワインバーのオーナーにして、世界の歴史や文化の視点からワインをわかりやすく語る達人。ワイン以外の酒類にも幅広い知識と愛情を持つ筆者が、ひもとくワインと書物の世界。お気に入りのワインと共に楽しみたい。
文/遠藤 利三郎
【目次】
1.「フードペアリング大全」を読む。
2.「絶対はずさない おうち飲みワイン」を読む。
3.「ルーマニアワイン」を読む。
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1.「フードペアリング大全」を読む。
最近、ワインと料理の相性をマリアージュではなくペアリングと聞くことが多くなった。
同じ頃からか、マリアージュの良し悪しを、料理とワインがそれぞれ持つ香り構成物質の特徴から言及することも散見されるようになった気がする。
この本は食材の香りを分子レベルで解析し、食材同士の全く新たな(そしてしばしば意外で突拍子もない)組み合わせを提案する。
表紙の帯に記載されている、チョコレートにキャビア、牡蠣にキウイという例示だけでも
この本がどんなに興奮的な内容なのかが想像できるだろう。
一方、ジェラートにバルサミコはなぜ合うのか。
伝統的なマリアージュとして生き残った組み合わせが、なぜ相性が良いのかを化学的なアプローチで見事に裏付けもしてくれるのも嬉しい。
新たな料理を模索する料理人にとり、とても面白いヒントが詰まった一冊だ。
十分に買う価値がある。
だが、この本は魅力的なだけに危険でもある。
どんな分野でも同じだが、基本を身につけない者が目新しい発想だけに心を奪われると、
底が浅く、すぐにメッキが剥がれ飽きられてしまうだろう。
そして、ワイン関係者に取っては、食材が持つ香り物質を知ることにより全く新たなマリアージュの可能性を探ることもできるのだ。
これはなかなかに刺激的な冒険の素材ではないだろうか。
ああ、それにしても。
白ワインに魚料理、赤ワインに肉料理、そしてシャンパーニュは恋に合うと、無邪気に言っていた時代が懐かしい。
この本は富田葉子先生がFacebookで紹介されていたもの。
面白そうなので思わずポチッとしてしまった。
書名:フードペアリング大全
著者:ベルナール・ラウース
出版社:グラフィック社
https://amzn.to/35vT2Lf
2.「絶対はずさない おうち飲みワイン」を読む。
日本を代表するワインジャーナリストである山本昭彦氏の著作。
数年前には、ラヴノー、ルソー、ルフレーブなどのドメーヌを日本に紹介したブルゴーニュ在住のワイン・エージェント坂口功一氏を取り上げた著書、「ブルゴーニュと日本をつないだサムライ(https://amzn.to/35vR2Tw)」で、ブルゴーニュ愛飲家たちを唸らせている。
その山本氏は読売新聞社出身。
新聞記者として鍛えられプロのジャーナリストとして基礎と矜持を
しっかりと身につけている。
記事にケレン味はない。
造り手に媚びることもない。
偉大な生産者に会っても舞い上がるでもなく
淡々としながら実にきっちりとしたインタビューで迫力のあるものを書き上げる。
ペンとメモを手にしてメガネがキラリと光る、
そんな理知的なイメージが記事から伝わる。
信頼できる記事は読んでいて心地よい。
だが。
今回紹介する「絶対外さない」はいつもの山本さんとトーンがずいぶんと異なる。
親しみやすいのだ(笑)。
テロワールを説明するのに、博多や東京、北海道のご当地ラーメンの味わいの違いを挙げて説明してるのには、その例えの軽妙さに思わず喝采。
職場ではプロに徹する記者が、家庭で家族に向ける温かい微笑みのような印象を受ける。
そんな意外な一面を見る思いの著作だ。
以前、山本さんにお会いした時にこの話をしたところ、「今はコロナでおうち飲みが増えているので、ワインは料理やグラスなどちょっとした知識でもっと楽しくなることを伝えたい。
気軽に楽しんでほしいが、そのためにはちょっとしたコツが必要。
寿司や、いやビールだって同じだ。
でも気取るのは嫌い。レストランでのホストテイスティングがとても苦手だった。
ワイン本のほとんどが教科書的な入門書でこむずかしいので、これを打破したかった」とおっしゃっていた。
そんな意図で書かれたこの著書は、プロのジャーナリストとしてではなく
山本さんが先輩愛好家として初心者に向けて書いた本だ。
そこにはワイン愛にあふれるメッセージがいっぱいに詰まっている。
さらに良いのは、初心者をワインに導く段階を追って、飲むべきワインが全部で50本ほど紹介されていること。
なるほどと思われるワインリストの構成だ。
このワインを試飲しながら著書をテキストがわりにして、山本流ワイン会を開催したら面白そうだなあなどと思ってしまう。
これは初心者に教えるコツの参考書としても楽しめる本だ。
書名:絶対はずさない おうち飲みワイン
著者:山本昭彦
出版社:朝日新書
https://amzn.to/35B0RiJ
ワインスクール
アカデミー・デュ・ヴァン
はじめての方からワインの奥深さを追求される方まで、幅広く講座を開講しています。講師にはワイン業界をリードする現役のプロフェッショナルや、生産地から生産者をお迎えしています。
3.「ルーマニアワイン」を読む。
ここ数年、黒海沿岸諸国のワインにハマっている。
なぜって、もちろん面白いからだ。
(個人的なことだが、モルドバ出身の家内とはそこから生まれたご縁。)
黒海沿岸諸国。ブルガリアから時計回りに、ルーマニア、モルドバ、ウクライナ、ロシア、ジョージア、トルコとなる。
さらにその周辺を加えるとギリシャやバルカン、南コーカサスまでふくらむ。
ワインだけでなく歴史や文化などもあまり知られていない未知の世界だ。
ここのワインが面白い。
近年急速に高品質化し、世界市場で評価を受けることが増えてきているのだ。
ワインのティピシティ(産地の個性)がテロワールだけでなく、造り手の選択や、市場の嗜好、歴史文化、交通事情、政治や経済などにも、左右されるというのは、アカデミー・デュ・ヴァンのステップ2の初回で習う。
この地域は今まさに政治的な要因からワインが大変動を起こしている地域なのだ。
旧ソ連の中でワイン造りに適した国々は、宗主国(?)ロシア向けに中甘口の白ワインを低価格で大量に生産していた。
お世辞にも高品質とは言えないワインを大量に造っていたのだ。
そう、19世紀後半普仏戦争以降のドイツ時代のアルザスでは、低品質のワインが大量に造られていたように!
1991年ソ連が崩壊し、一部の旧ソ連構成国の体制は西側へと向く。
経済的にも西側と繋がりが深まり、当然ワインの輸出先も西欧やアメリカとなってくる。
ロシア向けの品質では世界市場では話にもならない。
しかし、近代技術など関係ない数千年前からワイン造りが行われる国が多い、つまり元々ブドウ栽培に適した土地だ。
そこにロシア側に取り戻されるのを嫌う西側から資本と栽培醸造技術が投入される。
あれよあれよという間に高品質なワイン産地の誕生だ。
黒海沿岸は、そういったプロセスが現在進行形で進んでいる真っ最中なのだ。
その変貌ぶりを観察するのが面白くない訳がない。
前置きが長くなってしまった。
そのような理由で黒海沿岸には非常に興味を持っているのだが、情報が少ないのが玉にキズ。(ソムリエ協会教本でブルガリアを担当しているが、大使館経由で問い合わせても本国農業省でさえしっかりした統計が無かったりする。)
そんな中で、この本。
ルーマニアワインについて実にしっかりと書かれた良書なのだ。
歴史や産地、ワイン法や料理など網羅されている。
そしてページの大半を占めるのは、ルーマニアで栽培されている主要ブドウ品種50種の解説とその品種で評価の高いワイナリーの紹介だ。
珍しい土着品種もしっかり書かれているのが嬉しい。
ルーマニアワインを扱おうとする業界関係者には、とても実用的な本でオススメの一冊だ。
(冒頭にワインに対する著者の立ち位置がエッセー風に書かれている。
ルーマニアには直接関係のないのだが、それはそれで面白い。)
蛇足:
この本をネットで見かけた時、著者名が気になった。
北山雅彦。どこかで見かけた名前だ。誰だっけ?と検索すると……。
おお、なんとジャンシス・ロビンの大著Wine Grapes(https://amzn.to/35qlcrc)を
翻訳した人物だ。
日本語版の「ワイン用葡萄品種大事典(https://amzn.to/3q4fEMh)」は
ちと高価だがワインを突っ込んで調べたい向きには必須の書物。
書名:ルーマニアワイン
著者:北山雅彦
出版社:テクネ
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遠藤 利三郎/Risaburo Endo
ワインバー遠藤利三郎商店オーナー(本名遠藤誠。三代目遠藤利三郎を襲名)。J.S.A.認定ソムリエ、日本ワイナリーアワード審議委員長。日本ワインコンクール審査員。ボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュの3大ワイン騎士団を始め多くのワイン騎士団から騎士の称号を受ける。サーブルドール騎士団日本支部代表。
著書に「ワイン事典(学研)」、監修に「シャンパーニュ・データブック(ワイン王国)」、「新版ワイン基礎用語集(柴田書店)」、共訳に「地図で見る世界のワイン(産調出版、ヒュー・ジョンソン)」など多数。