美しい自然に恵まれたスイス。高級時計やウィンタースポーツではあこがれの地。でも、ワインとなると思い浮かぶのは、せいぜい白ワインのブドウ品種シャスラくらい。よほどのワイン通で無ければ、これが普通のワイン飲みの平均像では無いでしょうか?今回は、スイスワインをちょいと深堀。ワイン仲間に少し知ったかぶりでもしてみましょう。
【目次】
1. スイス人はワイン好き
2. 百花繚乱、個性の際立つヴァレー州
3. シャスラと世界遺産の産地ヴォー州
4. ミュラー・トゥルガウ、ガメイ、メルロが最大品種の州!?
5. スイスワインのまとめ
1. スイス人はワイン好き
スイスと言えば、シャスラ。でも実は、ピノ・ノワールとシャスラが夫々25パーセント程度の生産量。黒ブドウと白ブドウのトップです。
細かく言うと、ピノ・ノワールがシャスラを、この10年で若干上回るようになりました。背景には、1990年代後半から改植が進んで、白ブドウから黒ブドウへ。特にピノ・ノワールの栽培面積が伸びた事があります。また、国内消費を高める為に、国際品種を取り入れて行った流れも。そして、スイスでは、この代表2品種に留まらず、250ものブドウ品種が栽培されています。
そんなスイスワインですが、輸出市場では知る人ぞ知るという存在。それもその筈です。15,000ヘクタール弱のブドウ栽培面積を持つものの、輸出は2パーセント以下。ほとんどが国内で消費されてしまいます。スイス人はワイン好きなのです。一人当たり消費量は、なんと世界第4位。年間30リットルを超えて、日本の10倍以上を消費しています。
緯度は、北緯45度から47度で、標高は高いのですが、湖の影響や、フェーン現象による暖かい風の恵みも有り、ブドウがゆっくりと成熟。晩熟のブドウ品種も栽培されています。灌漑は、アルプスの水。何とも贅沢な感じがしてきます。
スイスはドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインと国境を接しています。北東部にある、時計と宝飾で有名なバーゼル。そのすぐ北には、ドイツのバーデンが広がっています。西部は、レマン湖を挟んで、フランスのサヴォアと隣接。そして、南部には、イタリアのヴァッレ・ダオスタ州や、ピエモンテ州、ロンバルディア州が控えています。
人口の6割程度がドイツ語を話し、2割くらいがフランス語。1割弱がイタリア語、そして、ラテン語をルーツにしたロマンシュ語を話す人々も暮らす多言語国家です。
異なった文化が共存するモザイク状態は、ワイン造りにも影響を与えています。現在のスイス連邦という形になってからはまだ日が浅いのですが、建国は遡ること、1291年とも言われます。ハプスブルク家に対する自治独立維持のために、永久同盟を3つ州が締結した年。建国神話のひとつ、息子の頭に乗せたりんごを弓矢で射抜いた、英雄ウィリアム・テルの物語も生まれました。
今では、26のカントンと呼ばれる州が、連邦共和制の元、大きな自治権を有しています。州によって、使用されるブドウ品種にも独自性が見られると言った具合に、ワイン造りにも個性があります。
それでは代表産地を州毎に見て行きましょう。
2. 百花繚乱、個性の際立つヴァレー州
南西部のヴァレー州は、最大のワイン産出州。標高は1,100メートルに及び、日照は年間2千時間超えと恵まれています。ローヌ地方を流れるローヌ川の上流にも当たります。
ピノ・ノワールが3割弱の栽培面積を占め、シャスラが2割弱。ガメイが1割、そして、シルヴァーナーが続きます。それだけで無く、個性豊かな土着品種や歴史の古い伝統的な品種も見られます。
土着品種のプティット・アルヴィーヌ。高品質の白ワインを生みます。芽吹きは早く、晩熟。17世紀迄、歴史を遡る事ができる古い品種です。
コルナランは、スイス南部では、ユマーニュ・ルージュとも呼ばれる晩熟の黒ブドウ。ヴァレー州で広がりましたが、イタリアのヴァッレ・ダオスタ州が起源と言われます。
そうは言っても、黒ブドウの保守本流は、栽培面積の1位、2位を占めるピノ・ノワールとガメイ。そして、ヴァレー州の名物ワインとして挙げられるのは、ドール。ピノ・ノワールとガメイを使ったワインです。特定区域内の、ピノ・ノワールを半分強、使って、残りはガメイをブレンド。ブルゴーニュの、パス・トゥ・グランの赤ワインを思い起こさせます。ロゼには、ドール・ブランシュという名称が与えられます。
スイスのピノ・ノワールのクローンでは、マリアフェルド・クローンと呼ばれる苗木が知られています。バラ房が特徴で、灰カビ病への耐性が強いクローン。ディジョン・クローンの777や115と比べて房が大きいのも特徴的です。チューリッヒ州のウィーデンスウイルの政府系の研究所で開発されました。アメリカでも使われた経緯がありますが、一部、ウィルス感染が問題になりました。
ドイツのフランケンくらいでしか目立たないシルヴァーナー。ヴァレー州のシャモゾンでは、シルヴァーナーをヨハニスベルクと呼びます。ヴァレー州の白ブドウ品種でシャスラに次いで2位。
シルヴァーナーは、ピノ・ノワールやシラーと言った高貴品種と並んで、グランクリュのワイン(注:特定品種・特定村や畑のブドウを使い、通常より厳しい生産規則に則って造られたワインで利用できる呼称)で使う事ができます。ヨハネスベルクの名が初めてこの地で言及されたのは、1862年。もっとも、その当時は、リースリングだと考えられていたようです。名称は、素晴らしいリースリングを産出する、ドイツ名門のワイナリー、シュロス・ヨハネスベルクに因みます。
この産地では、様々な特徴あるワインが造られています。
ヨーロッパでは最も標高が高いとされる、1,000メートルを超える棚田の様なブドウ畑。フィスパーテルミネンのハイダ・ワインは有名です。アルプスの真珠とも呼ばれるこのワイン。ブドウ品種は、サヴァニャン・ブラン。この品種は、フランス・ジュラ地方の黄色ワイン、ヴァン・ジョーヌで良く知られています。
グリメンツで造られているのは氷河ワイン。名前からはアイスワインを想像してしまいますが、スイス版のシェリーと言って良いでしょう。カラマツ材の樽を涼しいセラーに設置。シェリーのソレラの様に、新しいワインを古いワインに継ぎ足していきます。
海外で手に入れる事は先ず不可能。我々が飲めるとすれば、現地を訪問した時に限られるでしょう。地元で、ひっそりと造られ、そして消費されていくワイン。今では、マルサンヌ、シャスラなどの白ブドウが使われているようです。
めずらしいワインと言えば、シラーヴァインも挙げられます。ドイツのヴュルテンブルク地方では、ロートリングと呼ばれます。ロゼの一種ですが、黒ブドウと白ブドウを醸造前にもろみの状態で一緒に圧搾、醸造。発酵前にブレンドすることが必須です。日本でお目に掛かる事は、残念ですが滅多に無いでしょう。
そして、めずらしいの極めつけはサイロンにある、世界最小と言われる畑。ファリネのブドウ畑でしょう。1998年に、ダライ・ラマが訪問した折に、前オーナー、フランスのカトリック教会司祭のアベ・ピエールが贈呈しました。
3. シャスラと世界遺産の産地ヴォー州
ヴォー州は、シャスラが6割を占める産地。シャスラ。お隣のヴァレー州では、ファンダンの名の方が、馴染みがある白ブドウです。ジュースや食用にも用いられます。
ニュートラル品種で、酸は落ち着いていて繊細なワイン。芽吹きは中庸で、早熟です。収量の変動や、花ぶるい、結実不良に見舞われることは有りますが、広く栽培されています。スイスの白ブドウでは、断トツの栽培面積1位。諸説ありますが、レマン湖周辺が発祥の地であろうという事に落ち着いています。
最初の著述での登場は、1539年。ファンダンの名前は、元々は、18世紀にヴォー州で使われたものが、ヴァレー州に広がり定着したとされています。
フランスにも苗木が持ち込まれた為、ブルゴーニュのマコンに近いシャスラ村に因んだ名前になった模様です。そのフランスでは、サヴォワ地方、アルザス地方と、ロワール地方はサンセール地区対岸のプイィ・シュル・ロワール地区がシャスラの産地として知られています。でも、品質的には、一部を除いては余り期待できないとも。
でも、今日に残る研究を行ったのは、フランス人。ブドウ品種の成熟時期が早いのか遅いのかを示す時に、シャスラを基準にする場合があります。19世紀に、ブドウ品種を研究していたフランス人のビクトル・プリアが、この区分を定めたのです。
シャスラ以外のブドウ品種に目を移すと、ピノ・ノワールとガメイが夫々1割程度。ガメイの人工交配品種のガラノワールとギャマレは合計すれば1割弱を占めます。
ガラノワールとギャマレ。いずれも、ガメイと、ドイツのガイゼンハイム研究所で生まれた人工交配の白ブドウ、ライヘンシュタイナーとの人工交配。天地人の人が随分と貢献したブドウ品種ですね。1960代に開発されました。
ガラノワールは、1990年に商業デビュー。色も濃くて、タンニンも酸もしっかりしていて骨格に恵まれています。早い芽吹きで、かび病に耐性が有るので、人気があります。ギャマレは、アロマティックで酸が穏やか。凝縮度は低いのですが、フルーティ。ガラノワール同様に、芽吹きは早くて、かび病に耐性が有ります。
このレマン湖周辺産地、ヴォー州は、スイスでは、2番目に大きな産地。ラ・コート、ラヴォー、シャブレーに加えてヌーシャテル湖周辺の4つの地域に分けられます。中でもラヴォーは、シトー派の修道士に築かれたテラスの畑が有名。11世紀に遡る歴史を持っていて、とても美しい景観を有する産地です。2007年には、世界遺産に登録されました。ラ・コートは、平坦ですが、エレガントなワインを産出すると定評があり、シャブレーは、緩やかな傾斜に恵まれています。
ラヴォーに立地するデザレはグランクリュに認定されています。ここでは、3つの太陽がキーワード。そのものズバリ空からの太陽の光、そして、レマン湖の反射、更に、畑を取り囲む石垣が蓄えた熱。これらの自然の恵みは産地の誇りです。年間平均気温は、10℃程度の産地。でも、こうした日照、暖かさに恵まれて、ブドウの糖度は十分に上がります。
54ヘクタールの畑に120人のオーナー。小規模生産者が丹念に栽培を行っています。仕立ては、株仕立て中心からギュイヨやコルドンに移行していますが、まだ、株仕立てが3割強を占めています。
そして、ヴォー州で定められている、アペラシオンのプルミエ・グラン・クリュ。認定されるには、とても厳しい基準を満たす必要が有ります。ヘクタール当たり6千本の密植。同じテロワールから収穫されたブドウを100パーセント使わなければいけません。使用ブドウ品種も、シャスラやピノ・ノワール、ガメイ等の規定が有り、最低糖度も定められています。デザレ以外にも、ラ・コートやラヴォー、シャブレーから1ヘクタールを割るような小さな畑が、最高ランクのプルミエ・グラン・クリュに認定されています。
4. ミュラー・トゥルガウ、ガメイ、メルロが最大品種の州 !?
北東部のドイツ語圏スイスは、スイス全州の過半を超える17州を含みます。ヴァレー州とヴォー州に続く、スイス全体の2割弱の生産量。知名度が高い州には、スイス最大の都市チューリッヒを有するチューリッヒ州。そしてブドウ品種ミュラー・トゥルガウがその名を冠している、トゥルガウ州があります。それだけあって、ミュラー・トゥルガウは、ドイツ語圏スイスでは白ブドウで最大。全品種でも、ピノ・ノワールに次いで、第2位の栽培面積を占めています。
ジュネーヴ州は、西部レマン湖周辺。スイス全体の1割弱の生産量ですが、ガメイが最大品種。ギャマレも家族の一員とすれば、併せて3割の栽培面積になります。レマン湖周辺に平坦な畑が広がり、霜害が抑制されています。フランスの影響が大きく、シャルドネ、アリゴテ、ピノ・ノワールも栽培されています。
1988年に最初にアペラシオンを取り入れた州でもあります。その後、他の州にも波及。今日では、州名、地域名等の階級を含めて、スイス全土でAOC数は62に上ります。
南東部のティチーノ州では、9割が黒ブドウ品種。メルロが8割を占める珍しい産地。フィロキセラで壊滅状態であったこの産地に、1906年にボルドーから紹介されたのが、きっかけです。
イタリアに隣接していて、仕立ても棚仕立てが伝統的に使われていました。フェーン現象の影響も手伝って、気温が高く、日照量も豊か。平均最高気温が18℃で、7月は23℃。スイスで最も暖かいので、メルロも良く熟すことができます。標高、450メートル以下での栽培が多い様で、高い標高は冷涼で酸が必要なピノ・ノワールに譲ります。
ここでは、メルロ・ビアンコというワインが造られています。白ブドウでブランデーの原料にもなるフォル・ブランシュと、メルロの交配品種?いえいえ!それはメルロ・ブランと言うブドウ品種。メルロ・ビアンコは、この産地で造られるワインの名前です。優しい圧搾で果皮を取り除いて、発酵させたワイン。いわば、メルロの白ワイン仕立ての様なものです。収穫過多になったメルロの販売策として造られたという経緯もあるようです。
最も生産量が少ないのは、中西部の三湖地方。ヌーシャテル湖、ビール湖、ムルテン湖の3つの湖が、この地を形作っています。この内、生産量が多く、最も有名なのは、ヌーシャテル州。ジュラ山脈の裏側にあたり、平坦な畑が中心。
収穫翌年の1月の第3水曜日にリリースされる無濾過の早飲みシャスラが愛飲されます。私たちに取ってのボジョレー・ヌーヴォーに相当するのかも知れません。
でも、何といっても、ピノ・ノワールが代表品種。生産量の半分弱をピノ・ノワールが占めています。そのピノ・ノワールを使って造る、ウイユ・ド・ペルドゥリ。「やまうずらの眼」と名づけられた繊細で、フルーティなロゼワインが当地のご名産です。これは、若干数、日本でも手に入りそうですから、一度、飲んでおきたいですね。
5. スイスワインのまとめ
今回は、駆け足でスイスの主要産地を巡りました。相当なワインラヴァーでも、滅多に飲むことは無いスイスワインの数々。海外市場での流通量が少ないことが主因。決してワインの品質やスタイルが劣るものではない事がわかりました。それどころか、個性豊かなワインの宝庫。旅行を計画して、アルプスの麓や穏やかな湖畔でワインを満喫したいですね。円安がつらい向きには、アカデミー・デュ・ヴァンの新着講座をチェック。スイスワインも登場するかもです。