ウェビナーでガリガリ学ぶワイン vol.1~スティーヴ・マサイアソン&ベス・フォレステル

ブルゴーニュ型ワイングラス

カリフォルニアワイン協会が著名な生産者や業界関係者を招いて昨年の4月からビハインド・ザ・ワインズと銘打ったウェビナーを無料で公開してきた。一般のワイン愛好家でもYouTubeで見る事ができる、ありがたいプログラムだ。様々なテロワールや栽培・醸造の実際をじっくりと聞ける。

ファシリテーターは華麗な経歴の持ち主のイレイン・チューカン・ブラウン。マスター・オブ・ワインのジャンシス・ロビンソンのホームページへの寄稿や数々の有名書籍への執筆ほか、ワインビジネス・マンスリー誌による、「ワイン業界のリーダー2020年」にも選ばれている。

ゲストは、サステイナブル農法や栽培コンサルタントとしても有名なナパのマサイアソン・ワインズのスティーヴ・マサイアソンと、カリフォルニア大学・デイヴィス校の栽培・醸造学の助教授エリザベス・フォレステルだ。

鼎談で語られたトピックは多岐にわたるのだが、本記事ではその中で最もいまアクチュアルだと思われる「地球温暖化とその対策」にフォーカスする。その核心部分を、ゲストが実際に発した言葉を引きながら、お伝えしてこうと思う。

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カリフォルニアのブドウ栽培第一人者とUCデイヴィス科学者の豪華対談が実現!


【目次】

ワイン産地の気候区分と気候変動
栽培法による対応
ブドウ品種の多様化
まとめ
スピーカー紹介
(1):スティーヴ・マサイアソン
(2):エリザベス・フォレステル


英語のみにはなるが、対話のすべてを視聴したい方は、以下のURLからどうぞ!

https://www.youtube.com/watch?v=ohrCJchVPHQ

 

①ワイン産地の気候区分と気候変動

エリザベスは、デイヴィス校の先輩であるウィンクラーとアメリンが提唱して世界各地で、すっかり根付いているワイン産地の気候区分を、気候変動も反映して再構築しようと活動中だ。この産地の気候区分は4月から10月のブドウの生育時期の気温を積算して分類するもので栽培するブドウ品種の参考になるものである。例えばリージョンIならリースリングやソーヴィニョン・ブラン、リージョンIIならカベルネ・ソーヴィニョンやメルローなどといった具合だ。

◆エリザベス・フォレステル(以下「E」と表記):
「この気候区分はいまでもひろく使われているけど、平均気温が基準。1950年代から80年代にかけての平均気温と比較しての、今後の気候変動による温度上昇は、2℃以内におさえたいと良く聞くわ。それに、朝晩の気温差や標高、日照量も大切。また異常気象の発生も栽培には影響する。100のブロックにもおよぶ気象データを集めるのに、ナパ中の生産者達が協力してくれているの」

1℃や2℃の気温上昇でもブドウ栽培に与える影響は甚大だ。例えば栽培に適する温度の幅が狭いピノ・ノワールの例では、生育シーズンの平均気温は14℃から16℃である(オレゴンの気象学者グレゴリー・ジョーンズ博士の分類による)。しかし、温暖化がこのまま進めば、今から20年~40年後に1℃~3℃の気温上昇が予測されている。だから、栽培温度の幅の上限に近い所にある産地では、高品質なワインをつくり続けるのが厳しくなってくるのだ。

カリフォルニアだけで無く、ブルゴーニュやボルドー、シャンパーニュなども含めた世界中のワイン産地で、気候変動は大きな問題だ。イギリス産高品質スパークリングの登場、ヨーロッパや南米における標高の高い土地でのブドウ栽培など、冷涼産地からのブドウの調達による温暖化への順応が進んでいる。一方、軽量ガラス瓶の使用や、バルクワインを用いた輸出先での瓶詰め、再生可能エネルギーの使用などで、温室効果ガスの削減に協力しようと業界も動き始めている。

 

②栽培法による対応

◆スティーヴ・マサイアソン(以下「S」と表記):
「干ばつに強い台木をもっと活用して行くだろうと思う。ヴィテス・ルペストリスや、ヴィテス・ルペストリスとヴィテス・ベルランディエリの交雑台木の1103 Paulsenなどだ。こうした強く土壌に根を張る台木が今後はさらに増え、将来のブドウ畑の一部分となるだろう。また、あえて畑を耕さない不耕起栽培への回帰によって、土壌の中に炭素を隔離して、二酸化炭素排出量をおさえる手法もある。これらは、ブドウという農作物を栽培している者としての義務だと思う。また、仕立ても、温暖な気候にあって、果実を陽ざしから守るものになっていく」

マサイアソンは栽培にはとても造詣が深く、自身の畑では畝幅がかなり広い先端的な仕立てを取りいれている。剪定を遅くして収穫時期をずらしたり、除葉をあまりせずに樹冠に日陰をふやしたり、植栽密度を落としたり、堆肥を使い土壌の保水性を高めたりするなど、気候変動に適応するために、生産者の間で検討、実行されている手法は様々だ。温暖化が勢いを増して、冷涼産地ワインに見られる清涼な酸が落ちてしまうことは避けたい。若いリースリングにさえ、ペトロール香(熟成したリースリングに特徴的な石油のような香り。気温が高いとワインが若い段階から出やすい)が著しかったり、エレガントで有ったシラーズがふくよかになり過ぎてしまったりと、味わいの輪郭が意図せずに変わってしまうリスクはほかにもある。

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③ブドウ品種の多様化

◆E:
「長期的には、ブドウ品種の多様化を考えていくべきだと思っているの。世界には5000も8000も品種が有る訳だし、カリフォルニアと似た気候の地中海で育つ品種で良いワインになるものがあると思う。晩熟の品種、例えばムールヴェードルをあちこちで植えるとか。事はそんなに簡単ではないというのはわかっているけど」

フランスのボルドーでは、厳格に使用できる品種が決められているが、従来認められていなかった、ポルトガル原産のトゥーリガ・ナショナルなど6品種が、今年早々に正式認可された。いよいよ、AOC BordeauxとBordeaux Supérieur向けに、栽培が始まろうとしている。

◆S:
「晩熟品種で暑い気候に向くといっても、様々な要素が有る。アリアニコは晩熟で有りながらも強烈な太陽は好まないし、ムールヴェードルも晩熟だが、樹勢が強くないので灌漑なしの農法ではあまり上手くいかない。モンテプルチアーノやヴェルメンティーノなら、日照が強烈でも大丈夫。さまざまな品種についての研究が進むことが必要だ」

気候変動、温暖化により病害の脅威は高まっているが、一方では、オーガニックやビオディナミ栽培を取り入れる生産者も増えており、化学合成系農薬がかつて使われなくなってきている。さらに、古くからあるボルドー液(硫酸銅+消石灰の水溶液)のような防カビ剤でさえ、オーガニックやビオディナミの規定上は使用が許されていても、サステナビリティの観点では使用を減らしていきたいと考えられる。ボルドー液に含まれる銅が土壌に蓄積され、汚染が進むからである。こうした問題を、科学者はどうみているのだろうか。

◆E:
「ヴィニフェラを使った品種交配なら何世紀も行われているわ。でも古典的な交配だと、実用化までに何十年もかかる。さまざまな病害への抵抗力を持った品種がもつ遺伝子の掛け合わせを、遺伝子組み換えでやれば、その期間を数年に短縮できるのではないかしら。今のところは、ギリシャほか地中海地域や、ジョージアからの品種を取り入れて、どのブドウから良いワインができそうかについて、調査を始めているところ」

 

⑤まとめ

高品質なワインづくりの最近の世界的な傾向として、隅々まで畑に気を配ってよいブドウを育て、しかし醸造工程での人為的介入や添加物使用を極力抑えて、産地の個性を表現しようという方向性が有る。その点からも、気候に上手く順応できるブドウ品種をとり入れるのは、合理的といえるだろう。将来的には、安全で高品質なワインが造れるならば、生産者や消費者が、遺伝子組み換えブドウを受け入れる可能性は有るのかもしれない。

とはいえ、これは筆者の個人的見解・感慨に過ぎないものだが、今のところは、遺伝子組み換えワインには心理的抵抗がある。マカベオで造ったシャンパーニュや、北欧で育てたカベルネ・ソーヴィニョンにも、正直あまり心を引かれない。だから、生産者も、流通に携わる者も、消費者も、温室効果ガスの削減のために、できることをひとつひとつ探していくべきだと考える。

 

⑤スピーカー紹介

(1):スティーヴ・マサイアソン

マサイアソン・ワインズのオーナー。栽培コンサルタントとしても活躍。2014年には『サンフランシスコ・クロニクル』紙のワインメーカー・オブ・イヤーに選出。サステイナブル農法にも貢献し、ブドウ栽培のコンサルタントも務めて来た。2003年からは自身のワイナリーに注力しているが、今でも栽培がおおきな関心事。カリフォルニアの代表品種のカベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネ以外にも、リボッラ・ジャッラの様な珍しいブドウ品種も栽培している。

(2):エリザベス・フォレステル

2004年にコーネル大学で学位、イェール大学で2015年に博士号を取得後は、気候温暖化に於けるワイン用ブドウ生物季節学的反応を研究し、昨年UCデイヴィス助教授に就任。系統発生学及び干ばつ、高温下のブドウ樹の反応の進化を研究している。野生種やブドウ品種の多様性を活用することにより、温暖化や乾燥に対処して行けるかを精力的に探求中。

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織田豊 Yutaka Oda
フリーランス・ワインライター。未曾有のパンデミック自粛生活化で、月間20本以上のオンラインセミナー(ウェビナー)を視聴し、「お茶の間ワイナリー訪問取材」を積極的に重ねる。WSET最高位Diploma資格に最短ルートで合格(全ユニット一発合格)。JSA認定ワインエキスパート。英検1級&TOEIC945点。
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