ワインラバー垂涎の地、コート・ドール地区の北半分にあたるコート・ド・ニュイのエリア。その中でもジュヴレ・シャンベルタン村とシャンボール・ミュジニー村に挟まれた絶好のロケーションにあるのがモレ・サン・ドニ村です。シャンボールにまたがるボンヌ・マールも含めると5つの特級畑を擁する銘醸地ですが、一方で、隣村の栄光の陰に隠れ、やや存在感が薄いのもまた事実。「モレ・サン・ドニが好き」というとかなり通な感じがします。この記事では、ややつかみにくいモレ・サン・ドニのワインの特徴から、グランクリュ畑、代表的な一級畑や生産者まで網羅してお伝えします。
【目次】
1. 特徴がないのが特徴? ~モレ・サン・ドニのワインとは
2. 無名産地からの脱却 ~ラグジュアリー・ブランドも注目するモレ・サン・ドニ
3. 一度は飲んでみたい白ワインも ~モレ・サン・ドニのブドウ品種とテロワール
4. グランクリュと覚えておきたい級畑
5. 2トップといえばここ ~モレ・サン・ドニの外せない生産者
6. モレ・サン・ドニのまとめ
1. 特徴がないのが特徴? ~モレ・サン・ドニのワインとは
5つの特級畑を持つモレ・サン・ドニはブルゴーニュの花形ワイン…とはいえ、じゃあどんな味わい?と聞かれると言葉に詰まる方も多いのではないでしょうか。事実、よく隣村と比較して語られやすく、ジュヴレ・シャンベルタンの「パワー」とシャンボール・ミュジニーの「エレガンス」を足して2で割った味わいなどとよく言われます。ある意味「特徴がない」ともいえますが、重厚感とフィネスの両面を合わせ持ったワインはすなわち、「バランスが良い」という長所であるともいえるのです。
ブドウ栽培面積は138haとコート・ドールでも最小の村の一つですが、なんとその3割がグランクリュ畑。そんな恵まれたテロワールを生産者たちは誇らしく思っています。
モレ・サン・ドニという村名は、昔はシンプルに「モレ」と呼ばれていましたが、1927年に、特級畑のひとつである「クロ・サン・ドニ」の名前がくっつけられて今の名前になりました。現代の特級畑の評価序列(後述)を考えると、「モレ・ド・ラ・ロッシュ」にしておいたほうが、よかったかもしれません。
ちなみにサン・ドニは、3世紀のパリの司教ディオニュシウス(別名で聖ドニ)のこと。キリスト教を広めたものの、異教徒から怒りを買いギロチンにかけられた聖人に由来しています。このようにモレ・サン・ドニの畑には宗教的・歴史的な名前が多いのも特徴です。
そしてモレ・サン・ドニのシンボルといえば狼。村の紋章にも2匹の狼が描かれています。奇しくもモレの人々は、隣村の人々からは「モレの狼」と呼ばれているそう。他村のことには我関せずの孤高を貫く態度ゆえとか、ブドウ以外に作物がないため隣村まで食べ物をあさりに来るから(失礼)だとか、諸説あるようです。
2. 無名産地からの脱却 ~ラグジュアリー・ブランドも注目するモレ・サン・ドニ
通のワイン愛好家を唸らせるモレ・サン・ドニのワインですが、昔はそうではありませんでした。事実、ドメーヌ元詰めが一般的でない1960年代までは、多くが隣村の名前で販売されていました。70年代以降にドメーヌ・ポンソやデュジャック、ユベール・リニエなどのスター生産者が現れると、産地として頭角を現し始めます。ジュヴレやシャンボールにも匹敵するテロワールを持つ村ですから、当然と言えば当然ですね。
2010年代にはフランスのラグジュアリー・ブランドが特級畑を買収し、ワイン業界をにぎわせました。LVMHグループが2014年に「クロ・デ・ランブレ」を、フランソワ・ピノ―一族が経営するアルテミス・グル-プが2017年に「クロ・ド・タール」を入手し、バチバチと火花を咲かせながらも品質向上に取り組んでいます。
日本人として嬉しかったのが、「醸し人九平次」で知られる兵庫の酒蔵、萬乗醸造が2013年に「ドメーヌ・クヘイジ」を創業したというニュース。なんとクロ・ド・タールの目の前に醸造所をかまえ、モレ・サン・ドニ村の2.5haの自社畑と買いブドウからワイン造りに挑戦しています。酒造りの名手がワインの聖地で醸すワインは、ぜひ飲んでみたい1本ですね!
3. 一度は飲んでみたい白ワインも ~モレ・サン・ドニのブドウ品種とテロワール
南北に約1.2km、約138haの小さな村に特級畑が5個、1級畑が20個もひしめくモレ・サン・ドニ。特級畑は標高280m~300mの急斜面に帯状に連なり、1級畑はその下側と、一部斜面の上にもあります。
特に急勾配なのがクロ・ド・ランブレとクロ・ド・タール。通常は東西に配置されるブドウの畝を南北(つまり斜面の向きに平行)にして、畑の土が雨で流されないよう工夫をしています。
生産量のほとんどが赤ワインですが、白ワインもわずかに5%ほど生産しています。赤はもちろんピノ・ノワール。白はシャルドネ、ピノ・ブラン、そして1級畑のモン・リュイザンではアリゴテも使用可能なのが特筆すべき点。ポンソが1911年の古木から傑出した白ワインを造っています。
コート・ドールの畑はモザイクのように入り組んだ複雑な土壌で、「道一つ挟めば土壌が変わる」といわれるほど。それこそがブルゴーニュワインの真髄でもあります。モレ・サン・ドニの土壌は、ジュラ紀中期の石灰岩と粘土石灰質の上にあり、小石が多く水はけが良いのが特徴。ジュヴレからシャンボールにかけて走る石灰岩の上にモレ・サン・ドニも位置しているのです。
4. グランクリュと覚えておきたい級畑
他のブルゴーニュのクリュと同様、良い畑は日当たり抜群の東向き斜面の中腹部に帯状に密集しています。グランクリュと、覚えておきたいプルミエクリュをご紹介します。
グランクリュ
5つの特級畑のうち、面積のごくわずかなボンヌ・マールを除いて、4つが石垣に囲まれた由緒正しき「クロ」の土地。地図を見てみると、綺麗に横並びになっています。
クロ・ド・ラ・ロッシュ(16.9ha)

村にはモレ・「サン・ドニ」と名前がついているものの、最も品質が高いとされるのが東側のジュヴレ・シャンベルタンに隣接するクロ・ド・ラ・ロッシュ。22軒の所有者を持つ、村で最大の特級畑です。というのも1861年にはわずか4.57haでしたが、グランクリュを決める1936年に面積がかなり拡張されたため。質が高い区画はやや平たんなところにある元来の場所といわれています。名前の由来は、畑に露出している岩(ロッシュ)から取ったという説が有力。畑には石灰岩が多く、ワインは骨太で筋肉質、非常に長命なワインを生み出します。最大所有者のポンソを筆頭に、デュジャック、ルロワ、アルロー、アルマン・ルソーなど名だたるスター生産者が畑を有しています。
クロ・サン・ドニ(6.62ha)
村の名前にもなった特級畑。1855年には2.12haでしたが、クロ・ド・ラ・ロッシュ同様、AOC規定に際し面積が拡張されました。現在は6.6haの畑に17軒の所有者がひしめき合います。クロ・ド・ラ・ロッシュと場所も近いですが、まったく異なる性質を持ち、モレ村の特級畑のなかで最もエレガントでシルキーなタンニン、比較的若いうちからも楽しめるワインができると言われます。アルローが最上の区画を所有するほかデュジャック、ルシアン・ル・モアンヌ、ミシェル・マニャンなどもおすすめの生産者です。
クロ・デ・ランブレ(8.84ha)

1981年にグランクリュ昇格を果たした最も新しい特級畑。2軒の所有者がいますが、実質的にはドメーヌ・デ・ランブレによるモノポールです。もう1軒はトープノ・メルム家も0.18haを所有していますが、ワインは半樽~1樽のみしか生産していません。
ドメーヌ・デ・ランブレは、2014年にLVMHが買収して以降、ビオディナミ農法を取り入れ、新醸造所も建設し地下カーブを拡張するなど改革を行っています。1980年から35年以上にわたりティエリー・ブルーアン氏が醸造を担ってきましたが、現在は代替わりし、「ラルロ」「クロ・ド・タール」の支配人を経たジャック・ドゥヴォージュ氏が醸造責任者に。全房発酵を用いる伝統的な醸造を貫きながらも、温度管理付の木製発酵槽で細分化した区画ごとの仕込みを行うなど、きめ細やかな醸造管理を行っています。
クロ・ド・タール(7.53ha)
クロ・デ・ランブレとよく比較されるのがクロ・ド・タール、ブルゴーニュで最古の畑の一つ。1141年以来、常に単独オーナーが所有するモレ・サン・ドニで唯一のモノポールで、2017年にアルテミスがオーナーになるまでは約80年間モメサンが所有していました。一時期、評価を著しく落としたクロ・ド・タールですが、 ジャック・プリウールで働いていたシルヴァン・ピティオ氏が1996年に支配人として抜擢され、1999年には醸造施設を刷新するなど改革を果たし品質が向上。その後はクロ・デ・ランブレの現醸造責任者を努めるジャック・ドゥヴォ―ジュ氏を経て、シャトー・グリエで醸造責任者を務めたアレッサンドロ・ノリ氏が引き継いでいます。LVMH VSアルテミス、潤沢な資金を持ったラグジュアリー・ブランドによる投資により、更なる期待がかかります。
ボンヌ・マール(1.52ha)
シャンボール・ミュジニーにまたがる特級畑で、合わせて15.06haのうちモレ・サン・ドニ側は1/10とごくわずか。濃厚で肉厚、野性味のあるフルボディで長熟な酒質が特徴で、シャンボール側よりもモレ側はさらに厳格で重厚なワインが生まれるといわれます。
プルミエクリュ
モレ・サン・ドニには他の村のように、カリスマ的な1級畑というのはないのですが、以下の2つは覚えておくと良いでしょう。
モン・リュイザン(5.39ha)
表土が薄く石灰岩が豊富な土壌で、珍しく白ワインも産する畑。1960年代以降ピノ・ノワールやシャルドネに植え替えが進んだのですが、ポンソは今もなお1911年植樹のアリゴテの古木から白ワインを造っています。2000年からはデュジャックもシャルドネで白ワインを醸造しています。
クロ・ド・ラ・ブシエール(2.59ha)
シャンボール・ミュジニーに本拠地を構えるジョルジュ・ルーミエのモノポール。ゆるやかな傾斜の赤土の土壌で、「世界一エレガントなワインを造る」といわれる隣のシャンボール・ミュジニーの優美さに比べると、野性的な要素があるのがモレらしいです。
5. 2トップといえばここ ~モレ・サン・ドニの外せない生産者
モレ・サン・ドニには多くの優良生産者がいるのですが、ここは絶対に押さえておきたい2トップに絞ってご紹介いたします。
ドメーヌ・ポンソ
1872年から続く老舗の名門で、1934年にドメーヌ元詰めをブルゴーニュでいちはやく始めたパイオニア。クロ・ド・ラ・ロッシュの最大所有者であり、そのワインは別格とも称されます。畑では化学肥料や除草剤を使わず、新樽や亜硫酸も基本的に使わないなど確固たる哲学で一目置かれたローラン・ポンソ氏は独立し、現在はネゴシアン「ローラン・ポンソ」を運営。ローランの妹であるローズ・マリー氏が5代目当主を担っています。
ワイン造りだけでなく、ワイン業界への貢献も特筆すべき点。現当主の祖父は1954年にピノ・ノワールのクローン・セレクションを行い、そこから選抜された最良クローンは、以後世界中へ植樹されました。ちなみにポンソといえば思い出すのが、偽造犯ルディ・クルニアワン。ワイン社交界でブイブイ言わせていた彼が、告発されるきっかけとなったのがまさにポンソの「クロ・サン・ドニ」。存在しないヴィンテージの出品を当主が告訴し、偽造が発覚したのです。以降、ポンソも偽造対策のために特別な合成コルクや温度センサーを搭載したラベルを採用するなど、最新技術を組み込み、業界のワインの偽造対策をけん引する存在となっています。
ドメーヌ・デュジャック
ベルギー出身のジャック・セイスによって設立され、今ではモレ・サン・ドニを代表するカリスマ的人気を誇るワイナリー。現在は息子のジェレミーとアレックが、それぞれ醸造と販売を担当し、父の志を受け継いでいます。1987年からリュット・レゾネを導入し、2001年以降は徐々にビオロジックへと転換。現在では大部分の畑がビオディナミ農法です。デュジャックといえば、房ごと使う全房発酵による醸造で有名で、よく「デュジャック香」と称される松茸のような妖艶な香りが特徴でした。ジェレミーの手に渡ってからは除梗率を毎年調整するなど、醸造にも変化が見られます。
6. モレ・サン・ドニのまとめ
昔は影に隠れていたモレ・サン・ドニですが、こうして改めて見ると、素晴らしいテロワールと生産者に恵まれた「神に愛された土地」だとはっきり言えます。小さな村だけに畑の位置も把握しやすく、シャンボールやジュヴレと比較して、地図を照らし合わせながら味わいを楽しんでみるのも面白いかもしれません。思う存分、ブルゴーニュ沼にはまってしまってください!